ユートさんが飛び込んできました
「タクミ君! ついに来たよ!!」
「……ユートさん、できれば部屋に入る時はノックなり外から声をかけるなりして欲しいんだけど……」
クレアやヨハンナさんとの話の後、夕食まで執務室にこもっていた時の事。
突然ユートさんがドバァーンッ! と扉を開けて中に飛び込んできた。
入って来たユートさんの後ろからついて来ていたルグレッタさんが、申し訳なさそうにしている。
というか文字通り、そして耳に聞こえた音も間違いなくドバァーンッ! だったのはどういう事だろう? 勢いは凄かったけど扉が何かにぶつかったなんて事はないのに……と不思議に思う間もなく、ユートさんには溜め息混じりにジト目付きで注意する。
こんな事が連続して起こると、俺の心臓が危険だからな……サプライズは嫌いじゃないし、ホラー系には耐性がある方だと思うけど、急な驚かし系は苦手だ。
「そんな事はどうでもいいんだよっ! それより、タクミ君に重大な話があるんだ! ほら、昨日も近いうちに報告があるって言ったでしょ!?」
「それは確かに覚えているけど、だからって……はぁ……」
「申し訳ありません、タクミ殿……」
申し訳なさそうな様子だけでなく、実際にルグレッタさんが謝っちゃった……まぁ俺が注意しても無駄だろうと、諦めたからだろうけど。
これは後で、ルグレッタさんにユートさんは説教されるんだろうなぁ、それも喜ぶ事の一つかもしれないが。
「どうされました、タクミ殿?」
「あ、いえ、なんでもありません」
……ヨハンナさんの話を聞いたからか、なんとなくルグレッタさんをまじまじと見てしまっていた。
特にルグレッタさんのあれこれといった話ではなかったけど、なんとなくな。
「えっと……それで、重大な報告っていうのは?」
とりあえずルグレッタさんには首を振って誤魔化しつつ、ユートさんの方に視線をやる。
近いうちに報告があると言っていたし、その事ならおそらく椿油とか、『国境を持たない美の探究者』に関してだろうと思うけど。
あの話に、何か進展があったんだろうか?
「これ、これだよタクミ君!」
「……卵?」
ズイ! とユートさんが手に持って俺に見せて来るのは、紛うことなき卵。
楕円形で、白くて硬そうな殻を持つ、手のひらサイズ……ではなく少しはみ出ているけど、何はともあれ典型的な鶏の卵だ。
LLサイズの卵より大きいだろうか……こちらの世界と地球の鶏が完全に同一なのかはわからないが、スーパーで見るのと同じ形と色だし、何度も厨房でこれがゆで卵になっているのを見た事があるから、間違えようはない。
ってあれ? 椿油とか、『国境を持たない美の探究者』の話は……?
「そう、卵だよタクミ君!」
「いや、それは見ればわかるけど……大事な報告って、椿油に関する事じゃなかったって事?」
「何を言っているんだい、そんな事よりもよっぽどこっちの方が重要だよ。ほら以前、タクミ君に作ってもらったのがあるでしょ? 消毒液」
「消毒液というか、その素となる植物は確かに作ったけど……」
ジュウヤクという、ドクダミに似たというか形はそのままで別名を冠する植物を作ったのは覚えている。
確か、消毒液が作り出せるからって言う事だったけど……そういえば、その理由は生卵を食べられるようにするとかだったはず。
鶏……こっちの世界で地球と同じような鶏が産んだ卵かどうかは聞いていないけど、とにかく、卵を生で食べられるように消毒するための物を、との事だったはずだ。
まぁ、実際に消毒液が作れれば、他にももっと違う用途はあるだろうけど。
「それじゃあ、それって生卵のまま?」
「そうだよ! ジュウヤクの消毒薬を使って、そのままでも食べられるようになったんだよ! 重大でしょ?!」
「いやまぁ、確かに重大と言えば重大なのかもしれないけど。生卵が食べられれば、それだけ食の幅は広がるわけだし」
俺も、卵かけご飯とか久しぶりに食べたいと思ったから、協力した部分もあるしな。
ジュウヤク自体、試験的に作った後も椿などよりも少量ではあるけど、ほんの少しだけ継続して作って、ユートさんに渡していたりもしたから。
「そう、そうだよ! 生卵が食べられる! しかもお腹を壊す事なくだよ? これは重大で、他の事よりも優先されるべきなんだ!」
「どれだけ生卵が好きなのか……重大なのはわかったけど、椿油の方がよっぽど重要じゃない?」
「え~、だって椿油は食べられないじゃん」
「じゃんって……用途としてはまず化粧品というか化粧水というか、まぁ髪油の方が主か。だけど、椿油も応用すれば色々使えるんだけどなぁ」
髪油としての椿油がそのまま使えるかとかまでは知らないけど、椿油だってそれこそてんぷらの油として食用にも使えるというのを聞いたことがある。
確か、昔伯母さんが作ってくれた時に聞いたはずだけど、一人暮らしを始めてからは自分で使った事はないから、詳細は知らない。
多少は自炊をするにしても、男の一人暮らしでてんぷらは中々作らないよなぁ……俺だけかもしれないが。
「結構、俺の中では椿油の方が重要で、身構えていたのもあるんだけど……」
「あっちはどうでもいいんだよ。だって、僕は使わないしね」
「はぁ……」
あっけらかんと言うユートさんだけど、その後ろにいる人を見て思わずため息が出た。
ルグレッタさん、結構頑張っているようで椿油のおかげか、肌艶も髪艶も、以前よりかなり増しているのが男の俺から見てわかるくらいなのになぁ。
努力の甲斐は、ユートさん相手には今の所ないようだ……。
ちなみに、同じく執務室にいたアルフレットさんやライラさんも、溜め息を吐くまでではないけど少しだけ同情に近い視線をルグレッタさんに向けていたりする。
ユートさんのわざとなのか天然なのかわからないが、鈍感主人公系なせいでわかりやすいルグレッタさんの好意は、傍から見ていれば結構わかりやすいのに。
直接相談を受けた俺やクレア、ライラさんだけでなく、どちらかと言うと鈍感方面でジェーンさんに時折溜め息を吐かれているアルフレットさんでも気づいているくらいだ。
まぁ、あんまり俺が人の事を鈍感だなんだと言えた口ではないが……。
もう少し、ルグレッタさんの気持ちに向き合った方が、ユートさんのためにもなるんじゃないかなぁ? と思う次第だ――。
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