ユートさんの昔語りを聞きました
「シルバーフェンリルにどんな意図があったのかはわからない。けど、そうやって人と魔物が争ってお互いの生息域を奪い合っていたんだよ。当然僕も、ギフトを使って人と一緒に戦っていたんだけどね。ただ、どれだけの魔法が使えて、ギフトがあってもそれは僕一人。できる事は限られているわけだ」
「一人で、全ての魔物を倒すなんてできない、という事ですな?」
「そう。だから他の人達も一緒に戦ってくれて、頑張ってはいたんだけどね。どんどん人が棲める領域っていうのが狭くなっていったんだよ。いやぁ、当時はお先真っ暗な未来しか想像できなかったよね。どれだけ魔物を倒しても、どんどん追いつめられるんだから」
基本的に日常で魔物に襲われる心配はあまりなく、平穏無事に過ごせている今と考えると、随分殺伐とした状況だったんだなと思う。
なんというか、どこか遠い別の世界の話を聞いているようにすら感じる……ユートさんの話し方が気楽で、深刻さがないからかもしれないけど。
それこそゲームの話を聞いているような……あぁ、だからか。
ユートさんがゲーム好きだったのはまぁ疑いようがないけど、こちらに来てそんな状況で、勘違いしたわけじゃないだろうけど、ゲームの世界のように感じてしまったのかもしれない。
俺の勝手な想像だけど。
それにユートさんは一人って言ったけど、幾人か別の世界からきた人の話を聞いているから、もしかしたら他にもいたのかもしれない。
とはいえギフトも多種多様で、魔物と戦えるような能力じゃない事もあるだろうし、必ずしも一緒に戦えたわけじゃないか。
俺の場合は『雑草栽培』で感覚強化や身体強化の薬草で、なんとか戦いを補助するとかくらいだろうしな。
「そんなわけで、人……人間だけでなく獣人とか他の種族も含めて、絶望するばかりだったんだよね。しかもそんな中で、魔物に味方をする人もいたし。あぁそうそう、魔力を含む生き物、という意味で人も魔物という大枠にはめたのは、そいつらだったのを思い出したよ。魔物に味方しているのから見れば、人も同じ魔力を持った恐ろしい生き物だ……てね」
「それが、今では一般的に?」
種族的な区別はあるにしても、人も魔力を持った生き物だとして、大枠では魔物である……というのは以前セバスチャンさんから教えられた。
とはいえ、人というか人間と区別する意味として、人間とは別であり危険な種族の事を魔物と呼ぶ事もあるんだ、と俺としては考えている。
だから人も自分達以外を指して魔物だ、というように使うんだって。
「まぁ、ね。逆に魔物の中にも人に味方するようなのもいてね。ちょっとだけ、こんがらがっていた時期もあったんだ。それで、浸透しちゃったって感じかな。まぁ言葉の意味だけ考えると、間違いじゃないしね。魔力を持たない生き物がいる以上、魔力を持つ生き物は魔物だって」
確かに、動物……例えばこの世界でも犬や猫はいて、それらは魔力を持っていないらしい。
お婆さんの所にいたジョシュアちゃんとか、魔力を持たないわけで、言葉の意味そのままで考えるなら魔物じゃないってわけだ。
いやまぁ、犬を危険な種族としての魔物、とも呼ばないんだけどな。
野犬とかが人を襲うって危険な事はあるけど。
「そんなわけで、人が魔物によって滅ぼされる可能性って言うのが見えてきた時にね、出たんだよ」
「出た?」
「シルバーフェンリルが。出てきた時は、本当に人側はもう終わるんだって思ったね。カッパーイーグル一体くらいなら、僕だけでもなんとかなるけど……絶対的な存在感を放つシルバーフェンリルには、敵わないって思っていたから。でも……」
そこで一旦言葉を止めるユートさん。
ゴクリ……と、誰かが喉を鳴らす音が静かな執務室に響いた。
それはもしかしたら、俺だったかもしれないし、エッケンハルトさん達だったのかもしれない。
それだけ、ユートさんの話にのめり込んでいたから。
というかエッケンハルトさん達の様子を盗み見る限り、この話はこれまで聞かされていなかったようだ。
まぁこの国が建国されるよりさらに前だから、ユートさんも教えなかったんだろうけど。
「絶望よりもっと深い何かが、僕だけでなく人を包んだと思われたんだけどね。驚くべき事に、シルバーフェンリルは魔物の方に攻撃を始めたんだ。それも、各地でね」
「各地でって事は、複数いたって事になるのか……」
「そこは、考え方によって違うみたいだよ。簡単に説明するとね、各地で魔物に対して攻撃をしたシルバーフェンリルは、少しだけズレていたんだ」
「ズレていた?」
「うんそう。だからもしかしたら、たった一体のシルバーフェンリルが、各地を回っていたのかもしれない、なんて事も言われている。シルバーフェンリルがなぜ人に味方して魔物を攻撃し始めたのかは今でもわかっていないけど……念のため、ジョセフィーヌさんと仲の良かったシルバーフェンリルに聞いても、知らないようだったし」
「つまり、シルバーフェンリルの中でも一体だけが人の味方に付いた可能性ってのもあるわけか。で、ジョセフィーヌさんと一緒にいたシルバーフェンリルはそれとは違うと」
「まぁ間がものすごく空いているからね。それこそ数百年単位だ。人に味方したシルバーフェンリルの子孫とかって可能性はあるけど、定かじゃない。人に味方したシルバーフェンリルは、十分過ぎる程に魔物を攻撃して減らした後はいずこかへ消え去って、その後姿を現したなんて話は聞かないからね」
「それ以後、ジョセフィーヌさんと会うまではシルバーフェンリルを見なかった?」
「そういうわけじゃないみたい。僕以外でも、世界の各地で目撃情報はあるよ。さっきハルトとタクミ君が話していたフェンリルの話みたいに、真偽はわからないけどね」
つまり、世界各地に歴史や目撃情報は残っているけど、本当にそれがシルバーフェンリルだったのかはわからないし、確かめようがないんだろう。
「なんだか僕の話になってきているから、簡単に済ませるけど……ともかくその時シルバーフェンリルの活躍があって、人は領域を広げる事ができた。さらに人がどんどん増える事で魔物を一部へと追い込む事も出来た。全ての魔物じゃないけどね。それが、元々この国が興る前にあった魔境ってわけだ」
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