クズィーリさんとの契約が締結されました
それからルグリアさんやエッケンハルトさんなどを交えて、今後の調査方針の話になる。
とはいえ現状はこのまま森を調べて行き、もしこれといった何かが見つからなければそのまま、森を抜けた先も調べてみるという事になり、結局は変わりという程の事はないんだけど。
異変は森の中で起きているわけだし、そこに何もないという事もあり得ないしな。
特に焚き火跡の先には、これまで以上に何かが見つかる可能性も考えられるし、ちょうど新しい調査隊も到着した事だしで、一層気を引き締めて調査に当たる、という事になった。
まぁ漠然とはしているけども。
「それじゃあ、引き続きよろしくお願いします。何かあればすぐに教えて下さい」
「もう少し、はっきりと命令をする感じでもいいのだが、それもタクミ殿らしいか。――各自、協力してもらっているフェンリルとの友好を崩さぬよう気を付けつつ、励め」
「はっ!!」
頼りないかもしれないけど、さすがにふんぞり返って命令するなんて俺にはできないからなぁ、なんて思いつつ、ルグリアさんを始めとしたこの場にいる調査隊全員が、敬礼するのを見ていた――。
「旦那様、クズィーリさんとの契約ですが」
「何かありましたか?」
会議というか、新しい調査隊の人達との情報共有からルグリアさんの調査報告、方針決めなどが終わり、俺と俺の使用人さん、それからレオだけになった執務室。
広い執務室だから余裕はあったけど、あれだけ多くの人がいたのに一気にいなくなって、なんとなくガランとした印象を受ける中、アルフレットさんから何やらクズィーリさんに関する報告があるようだ。
「特に問題はなく、クズィーリさんも契約内容に細かな変更要望をする事なく受け入れて下さいました。こちらが、契約書となります」
「ありがとうございます」
契約書は、契約内容が書かれた物の最後に、クズィーリさんと俺の名前が連名で書かれている何の変哲もない、ありふれた物。
それを受け取り、流し見して確認……というか、お互いの名前が書かれて契約が締結されているのを見て、確認するというだけのものだが。
俺の名前は、クズィーリさんに渡す前既に自分で書いていたし、クズィーリさんの名前も書かれているな、よし。
契約書の作り方などは、ある程度ユートさんとか異世界から来た人物の影響があるのかもしれないが、その契約書を原本と写しの二部をそれぞれ二者間で保存して持つのがこちらでも一般的らしい。
そういうわけで、アルフレットさんも写しの方を持っているけど、こちらでも二部を大事に保管しないとな。
以前、俺が公爵家と交わした薬草販売の契約の際に作った書類も、もちろん保管してある。
「クズィーリさんの方は、やっぱり紙ではなく?」
「はい。行商人という性質からでしょう。一つ所に保管するのではなく、持ち運んでの保管に向いている獣皮紙でとの事でした」
「成る程」
皮紙は地球で言う羊皮紙の事で、羊だけでなく色んな種類の動物、そして魔物の皮を使って紙の代用にしたものだ。
さらに言えば、獣だけでなく樹皮なんかもこちらでは近い性質のものがあり、使われているらしいけど、植物性繊維を成形した紙とは違い、何かしらの皮を使う物を単純に皮紙と呼んでいるらしい。
中には水に強く破れにくい高級皮紙もあり、契約書などの重要書類はそれで作るという事もよくあるようだ。
とはいえ紙の方が安価な事と、かさばらず俺みたいに屋敷というか家を持っていてそこで保管する場合は、紙の方がいい事もあるんだけど。
ただクズィーリさんは行商人で常に旅をしているため、持ち運んで保存するのに向いている皮紙を選んだんだろう、それを見越してどちらを選ぶかなどはクズィーリさんに任せるようにしたし。
ただ保存はできても盗難の恐れなどはあるため、他にも色々と契約書には仕掛けがしてあるらしい。
そこらの事はよくわからなかったので、アルフレットさんに全て任せているんだけど……これから先、もっと他の何かと契約する機会があるようなら、俺も知っていないといけないかもなぁ。
「とりあえずこれは保管しておくとして……少し契約の確認に時間がかかったようですけど?」
契約書を執務机の鍵が付けられている引き出しにしまいながら、アルフレットさんに疑問を投げかける。
クズィーリさんと話した時は、契約にかなり乗り気だったから、即日で締結されると思っていたんだけど、そうじゃなかったからな。
契約内容に不備があったとかでもなければ、クズィーリさんからの変更要望などもなかったのに、遅くなったのはどうしてなんだろうと気になった。
「契約内容、契約書に何かあったわけでもなく、ましてやクズィーリさんが躊躇していたというわけではありません。その……」
そう言って、ちょっと肩を竦めて見せたアルフレットさんに、遅くなった理由を教えてもらった。
話しを聞いて、同じく執務室にいるライラさんは、気にする事なく相変わらずのポーカーフェイスだけど、俺はちょっと吹き出しそうになってしまった
「それはまた……ヘレーナさんも楽しそうだし、急ぐ契約でもなかったのでまぁいい、のかな?」
吹き出すのを堪えて苦笑に変える俺。
遅れた理由は、なんともクズィーリさんらしい理由だった。
単純に、香料を使った料理などの話がヘレーナさんとの間で盛り上がり過ぎたため、という事だったからだ。
そのおかげで、カレーを作った以後もスパイスの利いた色んな料理で、俺や屋敷の人達を楽しませてくれたと考えれば、遅くなっても怒る気にはなれない。
そもそもいつまでに、とか急いでというものでもないんだから、数日かかっても怒る事はないんだけどな。
むしろ、料理に情熱を傾けるヘレーナさんと、香料に商人人生を賭けるクズィーリさんの二人が、それぞれ新しい刺激を得られて良かったとすら思うくらいだな。
「それからクズィーリさんの件とは別で、屋号、ランジ村に作る薬屋の店名ですが、そちらは皆に受け入れられているようです。こちらも、代替案などもなく、旦那様とクレア様が決めた事に従う姿勢がほとんどです。若干、その場面に参加しておきたかった、という者もいるようですが……」
話を変えて、目を細めて俺を見るアルフレットさん。
屋号はクラウフェルト、店名はレミリクタで決定って事で良さそうだな。
それはともかく、反対意見などがなかったのはいいけど、不満そうな人はいると……まぁそれがアルフレットさん自身の事なのは、こちらをジトッと見ている本人を見ればわかるけど――。
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