調査隊到着を早めるようでした
「明日、なんですか? ラーレは今日中にこちらに到着しそうな感じで言っていましたけど」
「それはなティルラ。特に緊急でない限り、早く到着するとしても夜になりそうだからだろう。誰かを訪問する際などは特にそうだが、歓待する側の事情もあるため、基本的には日が落ちてから到着する見込みの場合には、翌朝の程よい時間に調整するものだ。まぁ、夜会など夜に何かが行われるというのであれば別だがな」
「そうなのですね……」
俺達が以前、ランジ村に来る時もそうだったっけ。
村で迎えてもらうためにも、夜ではなく近くで野営して翌朝にずらしてから、ランジ村に到着するよう調節した。
規則とかではないけど、マナーみたいなものだろう。
エッケンハルトさんが言うように、夜会などの例外もあって絶対的なものじゃないみたいだが……俺も気を付けよう。
まぁ日本でも、あまり遅い時間に取引先を訪ねるのは嫌厭されるからな。
できるだけ明るい時間帯に尋ねるものだ。
「しかし、明日か……」
口に手を当てて考え込むエッケンハルトさん。
明日は何か予定があったっけ?
「何か問題でも?」
「いや、特に問題はないのだが……早くあの者達の驚く顔が見たいと思ってな」
「驚く顔って……驚く事前提なんですか?」
「うむ。タクミ殿が調査隊のトップなのもそうだが、シルバーフェンリルであるレオ様。それに大量のフェンリルだ。先に到着したラクトスからの調査隊の者達もそうだっただろう?」
「確かにそうですけど……」
聞いてみると、割とどうでもいい理由だった。
公爵様であるエッケンハルトさんの命令で、調査に来たらそのトップは貴族でもなんでもない俺だとか、レオやフェンリル達の数には確かに驚くだろうけど。
俺の事はともかくとしても、レオやフェンリル達を見た事のあるラクトスからの調査隊の人達ですら、驚いている人は多かったしな。
「セバスチャン。迎え入れる準備はできているか?」
「はい。万事整っております」
「なら構わん。急がせる必要はないが、今日中に到着できるのならそうするよう伝えよ」
「……畏まりました。旦那様の悪い癖が出ましたなぁ。では、失礼いたします」
溜め息混じりに、セバスチャンさんが客間を出て行く。
まぁ、面白がりたいという理由だけで、気を遣って翌日到着にしようとしている調査隊の人達に、さっさと来いと言うようなものだからなぁ。
「まったく、面白さを優先するのも考えものよ、ハルト」
「気持ちはわからんでもないが、タクミ殿達にももう少し気を遣わんか。娯楽の話をしていたからというのもあるのだろうがの」
「いやまぁ、俺は別に気にしていませんけど……」
「でも僕もハルトと同意見かなぁ。驚く人達の顔って、面白いよね。もちろん、悪い意味での驚かせるとかだったら反対だけどね?」
「むむ、味方が少ない……ぐ、ティルラ。そのような目で見ないでくれ……」
ユートさんはまぁエッケンハルトさん以上に楽しさ優先だろうから、仕方ないだろうなぁ。
とりあえず、マリエッタさんやエルケリッヒさんの注意よりも、ティルラちゃんのジト目が一番効いているようだ。
これにクレアさんが加われば、一撃必殺でエッケンハルトさんは再起不能かな? なんて考えつつ、セバスチャンさんと入れ替わりに、客間へ入って来たハイディさん……マリエッタさん付きのメイドさんだな。
そのハイディさんが、俺やティルラちゃんの分のお茶も用意してくれたので、とりあえず流れでそのままエッケンハルトさん達と歓談する事にした。
「して、先程の話に戻りますが……ユート閣下、やはり娯楽は必要と私は思うのですが」
「そうだねぇ。僕が各地を巡っても、確かに娯楽が少ないと思うよ。ただねぇ……それをできるだけの余裕があるか、というのが問題だね」
「余裕がなければ、娯楽を必要とはしない……ですか?」
「民は日々を生きるので必死な者が多いものよ。娯楽に興じれるのは、やはり日々の暮らしに余裕がある者達に限られているわ」
「うむ。私が当主であった時もそうだったが……」
等々、お茶を飲む俺を余所に真剣な表情で娯楽に関しての議論を交わしている。
歓談しよう、と思ったはいいけど結構真面目な話だったみたいだなぁ……会話に入る隙がない。
それはティルラちゃんも同じようで、話は聞いているけど所在なげに足をブラブラさせていた。
「タクミさんとティルラはどう思うかしら?」
俺達の様子に気付いたのか、マリエッタさんが話を振ってくれる。
怒っていない時などは、視野が広くて色々と気遣ってくれる人だなぁ。
「えーっと、この世界の娯楽はなんとなく聞いたくらいでしか知らないですし、そもそもどういう話をしていたんですか?」
「私は、娯楽というのがよくわかりません。楽しそう? とは思いますけど」
「ふむ、そこからか……まず事の始まり、こうして父上達と話しているのは、タクミ殿とヴォルターが仕掛けたあの演劇からなのだが……」
大まかに、娯楽について考える場になっている事に付いて、エッケンハルトさん達から説明を受ける。
ティルラちゃんには、マリエッタさんが娯楽とはどういう物かなども教えているようだな。
というか、最初から演劇として考えていたわけではなく、色々と考えていたら話が大きくなって複数の人達を巻き込んであぁなったわけで、俺が仕掛けたわけでもないんだけど……。
いやまぁ、発端として俺がいるのは間違いないと思うが。
「つまり、娯楽を新しく作りたい、というわけですね?」
「そうなるな。だが、娯楽を広めようと権力側の人間が仕掛けても、上手くいくかどうかわからなくてな」
「娯楽の主な目的は民を満足させて楽しませる事。貴族などの一部の者が楽しむだけでは、不十分でしょう」
「うーん……上流階級だけのもの、というのも一定の需要はあるかもしれませんので、そこはなんとも言えませんけど……誰でも楽しめる方が、より大きく、早く広まるのは間違いないと思いますね」
この世界、というかこの国に現在ある娯楽と言えば、王都などの一部で行われている演劇や、楽団などだ。
楽団とか音楽を嗜む文化もあるのか、と少し驚いたけど、俺やユートさんのように地球から来た人もいるんだから、あってもおかしくないか――。
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