なくなったお店の方を調べる必要がありそうでした
「ですが言われてみれば確かにそうですね。私が香料を扱う商人だと言っても、よくわかっていない様子の人ばかりでしたし、そのお店に関して香料を扱っているという話は聞きませんでした。私も見た事がある、お店で売られていた別の商品についてはありましたが……」
「大量に売れているのに、そこに誰も触れられないのはおかしくありませんか?」
周囲にどれだけの商店があったのかはわからないが、売れ行きのいい商品なら他の商店の人が知っていてもおかしくない、というか知っていて当然だろう。
あのお店の何々という商品は売れ行きがいい、という話になっているだろうしな。
それが全くないという事は、クズィーリさんから聞いた販売量から考えるとおかしいとしか思えない。
それこそ、俺がカレスさんのお店にこれまで卸して販売してもらった薬草、その全てを足しても足りないくらいの量だから。
公爵家が運営するお店だからっていうのもあるかもしれないし、ラモギを一時期格安販売した影響や、レオなどの事もあるけど、それでも薬草に関してはラクトス全体で結構な話題になっているらしい。
今では、カレスさんのお店と言えば薬草や薬、と言われる事もあるみたいだからな。
あ、そういえばカレスさんはそろそろラクトスに戻るのか……椿油にご執心だったし、出発するにはもう遅い時間と言えるから、明日くらいだとは思うけど。
っと、これは余談にも程があるから後で考えよう。
「確かにな。商人というのは耳聡い者が多い。クズィーリの言った通りの量でなくとも、それなりに売れていたのであれば、多少は知っていてもおかしくないだろう。ましてや同じ街の商店なのだから、ある程度販売物に関して知っているのも当然だ」
「つまり、販売量を誤魔化していた……もっと言えば、そもそもに販売していなかった可能性もあるって事ですね、お爺様」
「うむ」
「そ、そんな……あれだけの香料を仕入れて、調合した物も送っていたのに……販売していなかったなんて」
「い、いや、あくまで可能性だぞ? 全く売っていなかったというわけではないかもしれん。目立たぬくらいにな」
クズィーリさんがショックを受けているのを見て、エルケリッヒさんが少し焦ってフォローするけど……目立たないくらいだったら、クズィーリさんから大量に調合した香料を受け取る必要はないんだよなぁ。
それに、仕入れすら大量にする必要もないわけで……。
これはさすがに、俺からクズィーリさんをさらに落ち込ませないよう、口には出さずに考えるだけにしておくけど。
「香料の素晴らしさを伝える事を使命として、行商人になって数年……順調にどころか、思っていたより売れ行きが良くて、これからもっと広まる予感を感じていたのに……」
エルケリッヒさんのフォローもむなしく、ショックを受けているクズィーリさん。
クズィーリさんが香料に入れ込んでいるのは、ここまで話していてもよくわかる。
クレアの前で、最初はガチガチに緊張していたのに香料の話になると、生き生きとしているとも言える程に、饒舌になっていたからな。
ヘレーナさんとは方向性が違うけど、人生を賭けているとも言えるのかもしれないな。
それが、手ごたえを感じてこれから、と思っていた全てが実は勘違いのようなものだった、と突き付けられればショックを受けるのも当然か。
材料の入手手段はともかくとして、カレー粉のような物とか、クレアやリーザが購入したジンジャーやシナモンなど、もちろん他の香料もこれからの可能性を考えると、広まって多くの人を楽しませてくれる物だと、俺は思うけど。
それも、地球での香辛料を知っているからなのもあるんだろうが……高値で取引されていた時代の歴史だけでなく、多くの料理に香辛料は親しまれて使われていたからな。
馴染みがあるのは調味料だけど、その調味料の原料にも香辛料はあるわけだし。
そういえば、チリペッパーみたいなのがあるなら、クズィーリさんに協力してもらったら七味とかも作れそうだなぁ、というのは今関係ない話になるので考えるだけにしておくけど。
「まぁ、クズィーリの受けるショックもわからなくはないが、ともかくその店を早急に調べる必要がありそうだな」
「そうですね、お爺様。悪事を働いていた……という事にはなりませんが、もしかしたら何かに繋がっているかもしれません」
本当に販売していたか怪しくとも、クズィーリさんへ利益分配としてのお金は払われていたわけだから、悪事と言う程ではないのかもしれない。
けど、そのお店がなんのために香料を仕入れ、販売していたと嘘を吐いていたのか……怪しさは調べるに十分とも言える。
「私は引退した身だ、調査に関してはハルトとも話す必要があるな。ここで話すだけで解決する事でもあるまい」
「本邸に近いカッフェールの街での事。ハルトなら私達が知らない情報も、すでに持っている可能性もあるわね」
なんにせよ、この話はエッケンハルトさんに持っていく必要があるとして、エルケリッヒさんやマリエッタさん、クレアなどの公爵家の人達の意見は統一された。
そんな中、ふと目を向けて見ればティルラちゃんが少しだけ俯き加減で、何かを考えている様子。
真剣なその様子は、話の内容がわからなくて困っているとか、そういう事ではなさそうだけど……。
「ティルラちゃん、どうかしたの?」
「タクミさん……えっと、ここ最近の事も考えていて、ちょっとだけ気になったんですけど……お爺様、お婆様、姉様、いいでしょうか?」
「んむ? ティルラからも何かあるのか? ふぅむ……問題ない。言ってみなさい」
俺が声をかけると、皆を窺うようなティルラちゃん。
何やら言いたい事があるみたいだけど、言っていいのか迷ってもいるみたいだ。
窺う先はエルケリッヒさん達……公爵家の面々みたいだから、簡単に言えない何かがあるのかもしれない。
それを、エルケリッヒさんが促すと、おずおずとティルラちゃんが口を開いた。
「えっと、ですね。その、最近問題になっている物があるじゃないですか?」
「最近……というとあれだね」
ここしばらく頭を悩ませている問題とも言える事、多くの人達に協力を頼んで、調査隊まで組んだ。
窺うようなティルラちゃんの視線からも、おそらくカナンビスの事を言っているのだと思う――。
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