公爵領の端にある街のようでした
「お湯の方は、もしあればでいいんですけど、果物を絞った物を入れて味を付けてもいいかもしれません。少し酸味のある酸っぱい物がいいかなと。あればですけど……」
「畏まりました」
俺の説明を受けて、頷いたライラさんが宿の中にある厨房へと向かう。
ちなみに、宿の物を使う事になるのでお礼がてら、準備を頑張ってくれている皆にも振る舞うよう、ライラさんには伝えた。
それなりの量を使う事になると思うので、後でクズィーリさんに同じ香料を追加で売ってもらうよう話をする予定でもある。
ジンジャーとシナモンは、まだまだ在庫というかクズィーリさんの手持ちがあるようだったしな。
ライラさんにお願いをしてから少し、クレアからエルケリッヒさん達にクズィーリさんの話を終える。
リーザは、話の邪魔になったらいけないと思ったのか、クレアの膝上から俺の所へ来て座っていた。
気を遣えるいい子だ……ティルラちゃんは真剣にクレアの話を聞いていたから、遊び相手になってくれないようだったしな。
「成る程な、事情はわかった。しかしあの街か……」
エルケリッヒさんは何やら難しい表情になっている。
「クズィーリさんと取引していたお店があった街に、何かあるんですか?」
エルケリッヒさん、マリエッタさんもそうだけど、その表情はその街に何かがあると言っているような感じだ。
「いや、何かがあるという程の事ではないのだが……」
「タクミさん、その街は公爵領の端にある街なのです。大きな問題がある街ではなく、平穏な場所ではあるのですが……隣領がすぐ近くのため、我々だけでなくその隣領の貴族からの影響力が多少なりともある街になっています。もちろん、公爵領であるので微々たる影響力ではあるのですが」
「隣領の貴族というと、バースラー領ですか?」
バースラー元伯爵、一時期別邸で一緒に過ごしていたアンネリーゼさんの父親で、ランジ村やラクトスに病を振りまいていた人物。
確か、公爵領の隣の領地だったはずだ。
「バースラー領とはまた別の貴族が治める領地ですね、タクミさん。バースラー領はここから東に行った先にあります。お婆様の仰る隣領は東南、本邸を越えた先にある貴族領です」
「成る程……」
えーと、本邸がここから東南方面にあって、さらに通り過ぎた先にクズィーリさんが取引していた街があると。
そして、その街の向こうにはバースラー領とは別の貴族領があるわけだな。
地理に関してはあまり知ろうとしていなかったので、ぼんやりとしかイメージできないけど……公爵領とその周辺くらいは、いずれ地図を見せてもらったりなどで学んだ方が良さそうだ。
「隣領の貴族の影響があるという事は、もしかして繋がっている可能性もあると?」
「そこまではまだわからんな。だが、繋がっていてもおかしくないという事でもある。なんとも言えぬし、ここまでの話ではあまり気にする必要がない可能性もあるな」
まぁ隣領と近い街で、他の貴族と繋がっているからと言って、必ずしも何かの悪事を働いているというわけでもないだろうからな。
「少し引っかかっているという程度で、そのお店が何かをしているとまでは私も考えていません。ですけど、何か……確証はないですし、私の感覚というだけなのですけど、気になったんです」
クレアとしても、特に何かがあると考えているわけではなく、あくまでなんとなく気になる、引っかかるという程度の事だったらしい。
とはいえ、そういった感覚が無視できない事だってあるからなぁ……単なる気のせいだったとしても、ここで話をするくらいなら問題になるわけでもなし、気になるなら追求してみるのもいいかもしれないな。
「それで、私達に街の事を聞こうとしたわけか……ふむ。そうだな、その街は……」
エルケリッヒさんが、わかりやすく俺やレオ、リーザに街の事や隣領の事を教えてくれる。
レオはともかく、リーザはおとなしく話を聞いているだけで、よくわかっていない雰囲気を出しているけど、まぁいいか。
多分、一緒にティルラちゃんにも教える意味もあるのだろうと思われるし。
ともあれ、クズィーリさんと取引のあった街、カッフェールと呼ばれている街らしいが、そこは隣のアレント子爵領から公爵領に入り、すぐの所に位置するらしい。
ラクトスと同じく、行き来する人達にとっては一度は立ち寄る事の多い街らしい。
南側、複数の領から王都へ行く際に通る事が多いラクトス程ではないけど、それなりに賑わっている街なんだとか。
そしてその街を過ぎた先のアレント子爵領、現当主はエトムント・アレントと言う名らしいが、その子爵や一族は実直で真面目な人が多く、堅実な領地運営をしているみたいだ。
「エッケンハルトの代になる前から、自領で育てた者はなるべく自領内で働くように勧める公爵家と違って、あそこは騎士を多く輩出しているのが特徴と言えば特徴だな」
「王都の騎士団の中にはアレント子爵領からの騎士が多いようです」
エルケリッヒさんの話に、マリエッタさんの補足が入る。
要は兵士や護衛としての人物育成をする公爵家、というよりエッケンハルトさんとはまた別で、騎士としての人物育成をする家系ってところか。
「騎士を育てるのに長けているというわけですね」
「あぁ。ルグリアやルグレッタなど、タクミ殿の近くにも最近は王都からの騎士がいるが、あの者達を見ていてもわかる通り、真面目一辺倒という部分が多く見られる家系だな。まぁ、ルグリアとルグレッタは、アレント子爵領出身ではないが……」
ルグリアさんとルグレッタさんの姉妹は、まぁユートさんと関わっているルグレッタさんの場合を除き、女性騎士という言葉のイメージそのままが出てきたような人達だ。
真面目で正義感が強く、それに見合うように凛とした雰囲気を纏っている。
……だからこそ、ルグレッタさんはユートさんに目を付けられてしまった、と言えなくもないが。
「その子爵領の影響だからな。多かれ少なかれ、何か繋がりがあったとしても問題にはならんだろう」
「バースラー領から、というのとはまたちがうわけですね……」
ルグレッタさん達のような性格だとか、考え方の人が多いのなら、悪事を企んでコッソリ公爵領のお店と繋がり……という心配はないか。
さっきも考えた通り、貴族が関わっているかの確証はないが、もし関わっていたとしてもそれが必ずしも悪い事だとは限らないんだろう。
なんとなく、日本の物語に触れていると貴族は悪い事をするというイメージが強い事もあるから、それに引きずられてちょっと警戒してしまうけどな。
バースラー元伯爵の件があったから、というのもあるが――。
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