食欲を刺激するあの料理に使えそうな香料がありました
「まぁ、発案したのは俺になるんですかね? 実際に動いてもらっているのは俺じゃないので、主導と言えるか微妙ですけど……ともかく、クズィーリさんの持っている香料を見せてもらえませんか?」
「は、はい! もちろんです!」
商売に繋がるから、というよりも香料に興味を持ってくれたからという喜びを滲み出しつつ、クズィーリさんが腰に下げていた複数の袋をテーブルに置いた。
手のひらに複数載せられる程度の、小さな革袋だけど、その中には香料がたっぷり詰まっているんだろう。
「えぇと……これが、料理を酸っぱくするための香料で……こちらは味はそのままに香りを甘く変えるための物ですね。それから……」
「ふむふむ……」
「色んな匂いがするね、クレアお姉ちゃん」
「そうね。革袋の口を開いただけなのに、すぐに香って来たわ。それだけ、香りの強い物なんでしょうね」
それぞれの袋を開けて、生き生きとした表情で話し出すクズィーリさん。
香料が好きで、自信を持って売買しているんだろうというのが伝わる。
さすがに中身を出して見せるまではしなかったが……粉状の物が多いからな。
「クシュン! ワゥ……」
鼻先だけでテラスの外側から覗き込んでいたレオが、小さくクシャミをした。
「あー、レオは刺激が強いかもしれないから、あまり近付かない方がいいな……」
「ワウー」
嗅覚が鋭いのもあって、刺激臭などでつい出てしまうんだろう。
マルチーズの頃も、俺が使っていたわさびに興味を示し、匂いを嗅いで何度もクシャミをしていたからな。
興味があるからか、ちょっと不満そうに鳴くレオだけどとりあえず鼻を近づけないよう、注意しておく。
「ん、この匂いは……」
クズィーリさんが各種の香料を紹介するたび、混ざって複雑な匂いが広がる中、特に特徴的で食欲が刺激される匂いを感じた。
俺自身、レオやリーザと比べるまでもなく人間の中でも、鼻がいいという方ではないと思うけど……この匂いだけは忘れられないし、強く感じられる。
もしかしたら、という期待があったからかもしれないが。
「えーと、これから香るのかな? クズィーリさん、この香料は?」
「お目が高い! その香料は、どんなに失敗した料理でも美味しく頂ける魔法の香料です! 実際には、複数の香料を調合して作った物で、これを振りかけるだけで味を誤魔化せるんです! ただ、人によっては少し辛いのが難点でしょうか……」
クズィーリさんとしても特にお気に入りの一品なのか、示して尋ねる俺に対してテンションを高くして紹介。
先程までクレアやレオを前にして、ガチガチに緊張していたとは思えない程スラスラと話しているし、目が輝いているようにも見える。
商人としてか、それとも香料好きとしてか、どちらかか両方のスイッチが入ったのかもな。
それにしても、どんな料理でも美味しく頂ける魔法の香料……か。
香辛料に詳しくない俺だけど、そういった物に一つだけ心当たりがあった。
同じ物かはわからないが、以前嗅いだそれとかなり近いし、もしかしたらと期待していた香りでもある。
「複数の香料……どんな香料が調合されているのか聞いても?」
「もちろんです! 一つは、クミーという植物の種で刺激の強い香りですが、意外とどんな香料とでも合う魔法の香料で一番重要な物です。それから、コリアンドルという植物の種はほのかに甘く感じる匂いですが、全体の香りや味などを調和してくれます。葉の方は凄く臭いんですけどね。それに……」
怒濤の如く、調合されている香料の一つ一つを説明していくクズィーリさん。
クレアはよくわからず、リーザは少し情報の勢いがあり過ぎて目を回している様子だけど……俺は説明されていくごとに、内心でしているガッツポーズに力がこもっていく。
クミーはおそらくクミンだろう、もはや日本の国民食にまでなっていると言っても過言ではない、あの匂いは大体これで、食欲を大いに刺激してくれている。
コリアンドルは葉が臭くて、でも食用に使われる事もあるらしいが、その種子は甘い匂いをしているという事から、おそらくコリアンダーの事だろう。
別名パクチーだな……コリアンダーとして香辛料に使われるのは種子だけど、生春巻きなどに使われるのはパクチーの葉だ。
葉の方は独特な臭みで、とある虫の臭いに例えられる事が多くて好みはかなり別れる物だけど、コリアンダーの方はそうでもない。
他にも、様々な香料が合わさっているようで、俺が知らない物や思い出せない物などもあったけど、極めつけはウコとトウという香料と、さらに別で複数の香料を合わせた物だ。
複数の香料を合わせた物というのは多分、ガラムマサラかそれに近い物だろう、別で用意された袋に入っている物を嗅がせてもらったけど、なんとなく奥行きのある甘い香りがするから。
そしてトウという香料は、おそらく唐辛子の粉末でチリペッパーだろうな。
辛そうな見た目通り、近くで嗅ぐと目が痛くなりそうな刺激臭が立ち込めている。
最後に、ウコという香料。
クズィーリさんが調合し、俺が一番興味を持った香料の粉末を黄色く染めているのがそれらしい。
ウコ……おそらくというか、間違いなくウコンと同じか近い物だろう。
別名ターメリックで、こちらも欠かせないスパイスの一つだ。
そう、食べたくて仕方がなくても食べられなかった料理……カレーだ!
お米とお味噌汁が揃っても、いやだからこそ、次はこれと求めてしまう物なのかもしれない……人の欲というのは果てしないのだから……。
「クズィーリさん!!」
「っ!?」
「パパ!?」
「ワフ!?」
突然、俺が大きな声を出したからか、隣に座るクレアやリーザ、それにレオも驚いていたけど……今はそれどころじゃない!
あのカレーを作るためのスパイスが、今目の前にあるのだから。
考えてもみて欲しい、国民食と言われても過言ではない程親しまれ、様々な味にアレンジされ、お米にもそれ以外の物にも合うあのカレー。
嫌いな人がいるかはわからないが、好きな人は飲み物という程のあれを、数か月食べられなかった後でその香りが鼻を、脳を刺激した場合の感動を……!
ちょっとだけ、期待感が強くなりすぎて過剰に反応している気がしなくもないが……。
それもこれも、人を狂わせるあの香りと味の記憶のせいだ、きっと――。
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