香りの元を調べに行きました
「ワッフワフワフ!」
「あっちは……宿か。ちょっと聞いてくるよ」
「私も行きます、タクミさん」
宿になる予定の建物を前足で指し示すレオ。
何かの危険があるわけでもなし、レオも警戒していないしで、放っておいてもいいんだけど興味をそそられたので、見に行く事にした。
クレアも一緒に付いてくるようだ。
レオとリーザ、それからライラさんもだな……ティルラちゃんは、ちょっとだけこちらに来たそうなそぶりを見せたけど、結局マリエッタさんの膝に座って甘える事にしたらしい。
ラーレはティルラちゃんの近くにいたいのか、柵の上に止まって見守っているな。
「クレアは、レオ様やフェンリルのように、タクミ殿について行くのが様になっておるなぁ」
「ふふふ、それだけクレアがタクミさんと一緒にいたいという事なのでしょう」
宿の方へと移動する俺達の後ろから、エルケリッヒさんとマリエッタさんのそんな声が聞こえたけど……気にしないでおこう。
「タクミ様、クレア様。どうされましたか?」
宿の入り口近くまで来ると、最初に俺達の前に出て来てくれた男女の女性がいて、俺達に気付いた。
入り口付近がテラスのようになっており、そこに置かれているテーブルを拭いたりと掃除をしていたみたいだ。
テーブル自体は、まだ並んでおらずただ置かれてあると言った状態だけど、宿が始まったらカフェのテラス席のように使われるのかもしれない。
「あ、いえ。こちらから不思議な匂いがしたとレオが言っていたので、ちょっと気になって……」
「ワフ」
特に誤魔化す事でもないので、こちらに来た理由をそのまま伝える。
レオが言った、と話した部分で女性が一瞬だけキョトンとなったが、すぐに納得がいった様子。
多分レオが話せるのかとか少し引っかかったんだろうけど、シルバーフェンリルだからそれくらいできてもおかしくない、みたいな思考が働いたように思える。
まぁ、従魔契約していれば意思疎通できるようになるし、それに思い当たった可能性もあるけど。
「そうでしたか。宿自体はまだ開始されてはいないのですが、一人寝泊まりしている方がいらっしゃるのです。その方が、何かをしていらっしゃるのでしょう。よく匂いを出していますから。――勝手な事をして、申し訳ありませんクレア様。もちろん、宿の中は準備中のため人が泊まれる状態ではないので、寝る際は外でとなっています。管理棟に部外者を泊めるわけにもいきませんし……」
「その人物は一人でここまで来たのでしょう? 宿が始まっていないとしても、放り出してしまうよりはよっぽどいいわ。気にしないで」
女性が言うには、匂いの元がなんなのかはともかく、南からの旅人が一人この場所を見つけて訪ねて来たとの事だ。
休息や野営に使われる事の多い場所なのもあって、この付近で休もうとしていたと聞いて、それならと宿の外ではあるけど柵の内側で寝泊まりする事を許可したって事みたいだ。
街道がすぐ近くだとは言え、人は通るから建物に気付く人はいるだろうし、どうせなら一人より近くに誰かいた方が、野営するにしても安全だしな。
目立つ場所に建ててあるし、秘密の場所というわけでもないので、特にクレアは気にしていないどころか、むしろ追い出さなかった方を評価している様子。
その辺りは結構柔軟というか寛容みたいだ。
旅人を受け入れる素地みたいなのが、ある程度公爵領にあるのかもしれない。
「それで、匂いを出す事があるというのは?」
「珍しい香草や、香りのする物を扱っている商人らしいのです。複数の物を合わせる事で、別の香り、または深い香りを出すのだとその方は仰っていました。ちょうど、雨風もしのげて一人ではなくなったため、ここに滞在して商品の調整……調合と言っていましたか。それをしているようなのです」
ちなみに、滞在は二日ほど前かららしく、その商人さんはここで調合してラクトスへ向かって商売をするつもりだとか。
香りのする物と聞いて、香水などを扱っているのかな? とか、もしかするとカナンビスに対して何か知っている事があるかもと思う。
ただ、香水の方は違っていて、扱っているのは食べられる物ばかり、食べるために料理の香りづけをするための物を扱っているという事らしい……女性が香草とも言っていたしな。
香りを付ける、食べられる物、と聞いて頭に思い浮かぶのはスパイスだ。
要は香辛料で、植物から採取して風味や臭み消しをするための物……ヘレーナさんの料理でも使われているから、ある程度は一般的ではある。
ただ、唐辛子は近いものがあるけど、七味なんかはないんだよなぁ。
うどんは作ったけど、七味を少しかけて味変じゃないけど、ちょっとしたアクセントも欲しい所だ。
近い物などを扱っているかはわからないけど、商人さんに俄然興味が出て来た。
「その人と、会えますか?」
「大丈夫だと思います。今頃は、食事のための調合をしている頃でしょうから、厨房の方にいるでしょう。厨房と言っても、まだ竈と調理机があるくらいなのですが、我々が食べる物なども作ってくれるとの事なので、使ってもらっています。呼んで参りましょうか?」
「そうですね……お願いします」
「畏まりました、少々お待ちください」
掃除の邪魔をしてしまって少し申し訳ないけど、興味がおそらく香辛料を扱っていると思われる商人さんに向いてしまっているので、遠慮せずにお願いする事にした。
俺が普段使っていた香辛料なんて、コショウとか七味とか、日本の食卓ならよくある物くらいであまり詳しくはない。
けどもしかしたら、ヘレーナさんと協力して料理の幅がもっと広がるかもしれないからな。
「ふふ、タクミさん。嬉しそうですね?」
「あー、ちょっと恥ずかしいな。でもまぁ、もしかしたら料理がもっと美味しく食べられる可能性もあるからね。そう考えると、嬉しくなるのも必然かな」
宿の中に入った女性を見送ってすぐ、クレアが俺の様子に気付いた。
色々と考えていて、いつの間にか顔が綻んでいたらしい。
無意識の事だし、食べ物の事だから食いしん坊みたいに見えないか、なんて考えて少し恥ずかしいな――。
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