少し違う風景の場所まで来ました
――忘れ去られたエッケンハルトさんの事は、ひとまず置いておくとして。
上機嫌に尻尾を振りながら、新馬車を曳くレオのお散歩はランジ村から南へと進む。
「この辺りまで来ると、結構木々が多くなるんだなぁ……」
流れる景色を眺めながら、なんとはなしに呟く。
ラクトスやランジ村、ブレイユ村と、森には近いがそれ以外は基本的に平原で、ポツポツと樹木があるのとは少し違い、十本単位での木々が点在しているような地域になっていた。
林、とまではさすがに言えない程度ってところだろうか。
見晴らしが悪くなるという程ではないけど、地平線まで見えるくらいの場所ばかり見慣れていたから少し新鮮だ。
「ラクトスなどへ向かう際には、この辺りが休憩所になる事が多くてな。木々がある分、焚き火などに使う枝葉も集めやすく、木陰も多い。まぁその代わりに、街道から外れた場所では魔物と遭遇する事もあるが」
俺の呟きが聞こえたんだろう、キャビンの中にいるエルケリッヒさんが答えてくれた。
「しかしランジ村からここまで……大体一時間と少しか。さすがはレオ様と言うべきだな。この馬車も、揺れはそれなりだが壊れるような感じはしない」
「ランジ村からですと、本来馬で数時間、馬車だと半日程度でしょうか。途中に何度か休憩をするとしたら、もっとかかりますね」
「ワッフワフ!」
「さすがママ!」
感心している様子のエルケリッヒさんとクレア。
その声に喜ぶレオとリーザ……リーザはともかく、レオは結構な速度で走っているのに、聞こえているのか。
速度としては数十キロ出ているだろうか……? 速度計がないから正確な数値はわからないけど。
それでも、レオは全力じゃないんだよなぁ……前に俺を乗せて速めに走ってもらった時は、もっと速かったし。
とはいえさすがに、これ以上は馬車の方がどれだけの耐久性かをもっと調べてからやらないと、急に壊れたりしたら危険なので、とりあえずは今の速度が限界ってとこだろうけど。
「ちょうど、さらに南下した先に街があるのですが、そこから馬や馬車で一日から二日程度の距離なのもありますね。休憩や野営をしてゆっくり休むのに使われます。私も、別邸に行く途中はこの木々を利用しました」
「へぇ~、休むのに距離的にも場所的にもやりやすいって事なんだ」
クレアもこの辺り……さすがにもう少し街道に近い場所だろうけど、使った事があるみたいだ。
「唯一、川などが遠いために水の確保が難しいのが難点だがな」
「まぁ水は大事ですからねぇ」
馬車での移動ならば、水も一緒に荷物として運ぶけど馬に乗っての移動だと、持てる量が減るからなぁ。
完璧な場所というわけではないんだろう。
魔法で水を出すくらいはできるけど、食器を洗う程度ならまだしも飲み水は煮沸消毒をしないと行けなくて、手間がかかる……というのはブレイユ村に行く際に、フィリップさん達から聞いた話だったか。
「ただここからさらに東へ行くと、川がある。確か、屋敷で使っている水もそこからだったはずだ」
「あぁ、あの川ですか。以前、馬車はありませんでしたけどテオ君と一緒にレオの散歩がてら、行ってみました」
「ほぉ、行った事があるのか。あの川……というより公爵領を含む国南側の複数の領では、飲み水に適している川が多くてな。それもあって、南側から北側に水を運ぶ事もあるぞ」
「北側には、飲める水が流れる川はないんですか?」
「なくはないが、少ないな。時期によっては不足する事もある。だからか、下水はともかく上水は国南で多く使われているな」
「成る程……」
ユートさんから聞いた事があるが、衛生面を整えるために上下水道の整備はしているようだけど、上水……つまり蛇口をひねれば水が出るような仕組みは、飲める水源が豊富な南側に集中しているというところだろう。
井戸水とか、水を貯えるタンクを使ってできなくもないだろうけど、川を使った方が手っ取り早く設置しやすいとかもあるのかもな。
「我が国の国土は他国より広いのだが、それにも関わらず全体の気候などは大きく変わらない。これはおそらく、建国される前の国土となる土地が関係していると言われてはいるな。土の質、魔物の分布や植物なども違いはあるのだが。一番大きな違いは、綺麗な川の数と水の量だろうな」
魔物の分布はまぁ、フェンリルの森にはいなかったニグレオスオークなどが、ランジ村北の森にいたりするわけで、すぐ近くでも違いがあるんだから国全体で考えると変わるのはわかる。
それに土の質や水が変われば、気候がほとんど同じでも植物の生態が変わるのも当然だろう。
広い国土でも気候がほぼ同じというのは少し驚いた。
日本のような小さな島国でも、北海道と沖縄ではかなり違うのになぁ。
それこそ、山一つ挟むだけで雪の量や平均気温が違ったりもする……それくらいの違いはあるのかもしれないけど……。
ちなみに、建国される前というのはユートさんが平定したらしい、魔境と呼ばれて人がほとんど足を踏み入れられない土地だった時の事だろう。
もしかすると、魔物が過ごしやすい気候で広く気候が変わらないために、魔物が多く生息して魔境となったのかもしれないが。
「川の水が綺麗で、飲めるというのは俺にとって良かったです。こちらに来た時も、特に警戒せず川の水を飲んでしまいましたから」
この世界に来た時、フェンリルの森に放り出された状態だった俺は、寝起きのような状態なのもあって喉が渇き、レオが見つけた川に顔を突っ込む勢いで水を飲んだ。
今思えば、もう少し警戒しておいた方が良かったのかもしれないが……結果的には病気どころかお腹を壊す事もなかったけど。
まぁ、レオが一足先に飛び込んで楽しそうに泳ぎつつ、水を飲んでいたからっていう安心感はあったけどな。
「これがもし、国の北側に行っていてそこで飲めないはずの川の水だったと思うと、ちょっと怖いですからね」
「まぁ、飲んだとしても少し腹を壊すくらいで、飲み続けなければ大きな問題はないのだがな。一度火にかければ、一応は飲める。ただ、量が少ないため綺麗な南側の水が必要なのだ。こちらの川は、幅が広く深い物が多いだろう?」
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