忘れている人がいました
「何か、今までと違う気がしますけど……二人で何か話していましたか?」
「少々、クレア様と今後についてのお話を。旦那様は、あまりお気になさらず、これまで通りで変わらずと考えて欲しいです」
「はぁ……まぁ、ライラさんがそう言うなら……」
ちょっとだけ柔らかい、晴れ晴れとしているようにも見える表情で、そうライラさんに言われたら頷くしかない。
というか、いつものライラさんなら何々して欲しい、と言う事すら珍しい……というかなかったかな? と考えるくらいなので、やっぱりいつもと違う気がする。
頷いた以上気になっても追及する事はできないし、なんとなくライラさんには追及できない雰囲気を感じるから、何も言えないけど。
「ふふふ、以前タクミさんに私が話す、と言ったあれです。内容は同じ女として、想いを共にする者同士、言えませんけど」
以前、従業員さん達が全員集って紹介も兼ねたお披露目会みたいな事をした後だったかな? ライラさんが少しだけ元気がない様子で、その時にクレアが話をさせて欲しいというような事を言っていた。
同性というのはともかく、想いを共にというのはよくわからないが……。
「ちょっとだけ疎外感を感じるけど……深刻な事じゃないんなら、納得しておくよ」
「場合によっては、深刻になる可能性もありますが……大丈夫です。私もライラも、覚悟はしていますから。今はただ、いつも通りのタクミさんでお願いします」
「う、うん……わかった……」
首を傾げるくらいしかできないけど、とにかく二人で何か話をして、お互い納得したって事なんだろう、多分。
ライラさんから普段とは違う雰囲気を感じても、悪い方向ではないのは表情を見ていればわかる。
若干、顔が赤くなっているような気がしなくもないけど……熱があるとかではないはずだ。
覚悟をする必要があるのかとか、詳しい事はわからないけどまぁ一度クレアに任せた事だし、大丈夫と言っているんだからそれを信じよう。
「ワッフワフ!」
「あぁ、ごめんレオ。クレア達も一緒になったけど、そろそろ出発しようか!」
「ワウー!」
準備万端、いつでも走り出せそうなレオから催促の鳴き声が届き、よくわからない事は頭の隅に追いやって、とりあえず散歩に出発するよう動き出す。
その中で、ティルラちゃんはマリエッタさんとラーレに乗って空から参加が決定したり、他のフェンリルも後発で再度散歩への準備が進められたりなどした。
ちょっとだけ、エルケリッヒさんがラーレの背中に乗るマリエッタさんを羨ましそうに見ていたけど、まぁいずれ乗る機会もあるだろうし、とりあえずクレアに背中を押されて馬車のキャビンへと乗り込んだ。
とまれ、出発直前にバタバタと色んな事が立て込んだけど、いざ出発だ!
「よーしレオ、村の外まではゆっくりな! 外に出たら、前の時みたいに走っていいぞ!」
「ワッフー!」
喜びに満ちたレオの鳴き声と共に、ゆっくりと曳かれて新馬車が走り出す。
散歩への期待感で興奮していたから、いきなり速度を出して走り出したりと、レオを注意しないといけないかな? と身構えていたけど、意外とレオはちゃんと気を遣ってくれているようだ。
さすがに屋敷の敷地や村を出るまでは、速度を出して走ると危ないからなぁ……。
大きな馬車は、車以上に小回りが利かない。
「あ……!」
「どうしました、タクミさん?」
「む?」
「旦那様?」
「パパ?」
「ワフ?」
屋敷を出発し、村を出たあたりでそういえばと思い出し、思わず大きな声が漏れる。
それにキャビンにいるクレア達が反応し、ちゃっかり俺の膝の上に座ったリーザや、馬車を曳いて走るレオも反応。
少しだけ速度が緩んだ。
「いやぁ……そう言えば、エッケンハルトさんがいないなぁって。こういう時、絶対参加したがるのに……」
そう俺が口にした瞬間、キャビンの中の人達から揃って「あ~」というような声が聞こえた。
レオは気にするほどの事でもないと思ったのか、再び速度を上げる。
イベント事というか、楽しそうな何かがあったら必ず参加したがるエッケンハルトさん……ユートさんもだけど。
その事を忘れていた。
ティルラちゃんはマリエッタさんと共に頭上をラーレに乗って飛び、俺やリーザ、クレアとエルケリッヒさんはレオの曳く馬車に乗っている。
セバスチャンさんや他の使用人さん達などは、後発のフェンリル達の曳く馬車に乗るようだったけど……エッケンハルトさんには何も言っていないし、向こうも言ってきていないから、気付いていないんだろう。
誰も報せなかったのかな?
ちなみにクレアは、ちょうどライラさんとの話を終えて俺の所へ向かう途中で気付き、ティルラちゃんはラーレが気付いたから、マリエッタさんと一緒に参加できたようだ。
ユートさんは、察知していてもルグレッタさんから逃れられなかった可能性はあるけど、エッケンハルトさんは違うだろう。
まぁレオの急なおねだりだったからなぁ……使用人さん達は新馬車の準備や点検、あの場にいなかった人は他の仕事があるだろうし、俺達も報せるという発想もなかった。
……端的に言えば、忘れていたわけだけども。
「ふむ、そういえばそうだったな。まぁ運がなかったと、ハルトには諦めてもらうほかないな。護衛の訓練にばかりかまけておるのが悪い」
「そうですね。お父様には、後で色々と文句を言われるでしょうけど……」
「レオ様も、止まる気はないようですし、仕方ないのではないでしょうか」
という声が、キャビンの中から聞こえて来る。
護衛さん達との訓練は、エッケンハルトさんがこの屋敷に来て一番の暇つぶし……もとい、仕事になっているから、そちらに集中していて俺達の動きに気付かなかったのかもしれないが……。
とりあえず、屋敷に戻ったらエッケンハルトさんには俺から謝っておこう。
まず間違いなく、クレアの言う通り文句というか何かを言われるだろうから。
今更、楽しそうに尻尾どころかお尻を振りながら走るレオを止めて、一度屋敷に戻るのはかわいそうだからなぁ。
……忘れていてすみません、エッケンハルトさん。
差し当って、届かないだろうけど心の中で謝っておいた――。
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