お散歩出発準備が整いました
「ふむ、そうか。いやな、御者がいらないのであれば御者台もいらないだろう? だったら、その分キャビンの形を変えて……というより、もっと大きくして人を乗せられるのではないかとな?」
「御者台がなくなれば確かにそうですが……」
「それは、ただ大型に。馬車自体を大きく作ればいいような気もしますね……」
別に馬車自体、既定の大きさがあるわけじゃないからな。
御者台を廃止してその分人が多く入れるキャビンを作るなら、そもそもに最初から大型の物を作ればいいだけかもしれない。
いやまぁ、部品や走る際のバランス等々があるだろうから、俺の考えもエルケリッヒさんの話も可能かどうかは微妙だけれど。
「むぅ、中々難しいな……」
「ワッフ。ワフワフ? ワウワフガウワウ」
「そ、そうなのか? まぁそれなら仕方ないな」
眉根を寄せて考え込むエルケリッヒさんを余所に、さらに俺達の話を聞いていたレオが加わった。
と言っても、ハーネスを体に取り付けられながらだけど……まだ馬車に繋げてはいないが。
そのレオ曰く、誰かが紐を握ってくれるから安心して走れるようで、レオからすると俺が握っているから、散歩のような気分になれるとか。
フェンリルもおそらく同じらしいから、御者台をなくして誰も手綱を握らないというのは、ちょっと難しそうだ。
ちなみに紐というのは、レオからそう見えるだけで俺達からすると手綱の事だな。
本来は馬に着けた轡に接続されるものだけど、レオやフェンリル達の場合は体のハーネス、その首近くの部分に接続されている。
それもあって、レオは以前のリードを着けて散歩する感覚に近くなっているのかもしれない。
ちなみにこれは、レオ達が鳴き声を出すのを阻害しないためと、馬とは違って声で指示ができるし、その状態でも通常の手綱と同じ操作で意思を伝えられるからだな。
俺は手綱を操作する方法とか知らなかったけど、一応は教えてもらっている。
まぁ馬が曳く馬車を操作するには、練習する必要があるだろうけど。
「……準備ができたようですな。馬車の発展、改良は今後少しずつ考えて行く事にした方が良さそうです」
「そうですね。レオも待ちきれないようですし」
「ハッハッハッハッハ……ワフ!」
新馬車の準備をしていた使用人さんの一人が、セバスチャンの所に各準備が整った事を報せてくれる。
御者台がいるかどうかなどについては、いずれ考えるとして……尻尾をブンブンと大きく振って風を巻き起こし、激しくパンティングして鳴くレオをこれ以上待たせるのは悪いからな。
「早く早くー!」
ハーネスなどの準備ができたと知ったリーザが、ぴょんとレオの背中に飛び乗る。
レオが楽しそうなのと、リーザ自身も前の新馬車テストが楽しかったのを覚えているからだろう、レオに負けず劣らず、尻尾をブンブンと振り、耳をせわしなく動かしている。
ヴォルターさんのお芝居の時もそうだったけど、年齢相応の無邪気な一面が前面に出て来ているようだ。
新しい屋敷に移住してからの環境に慣れたのもあるんだろうな。
レオだけでなく多くのフェンリルに囲まれ、同じ獣人のデリアさんに勉強を教わって、ティルラちゃんのような近い年齢の子達とも遊んで、スラムで暮らしていた頃の傷のようなものが癒えてきているんだと、いい兆候だとも思う。
さすがにレインドルフさん……リーザを拾ったお爺さんを失った傷はまだまだ癒えないだろうし、いつまでも残るものかもしれないが。
「ははは。リーザ、レオの背中に乗っていたら出発できないぞー。馬車の上で待機だぞー!」
「はーい!」
俺の言葉に大きく手を挙げて返事をしたリーザが、レオから飛び降り、ててて……と手を広げて駆けて行き、用意された馬車の御者台へと飛び乗った。
レオも御者台も、結構高い位置にあるのに簡単に飛び乗る身軽な様子は、さすがだな。
まぁ運動神経がいいのは以前からよく見ていたし、今更驚く程の事ではないけど。
「タクミさん!」
「あれ、クレア?」
レオもリーザも早く出発したいようだし、準備も整ったから……と俺も御者台に乗ろうと思ったら、クレアがこちらに駆けてくるのが見えた。
後ろにはライラさんもいるようで、どうしたんだろう?
「はぁ、ふぅ……私も、レオ様のお散歩でしたか? ついていきます。――お爺様、私達を置いていきませんよね?」
俺達の前にライラさんと共に駆けて来たクレアは、少しだけ息を整える。
あまり運動はせず、苦手な部類なクレアだけど、実は結構体力があるんだよなぁ……多分親譲りなんだろうけど。
クレアが息を切らしてしんどそうにしていたのって、シェリーを保護した時の森へ探索に行った最初の時くらいだ。
あれは、足場が悪くて歩きにくく、慣れない事だったからみたいで、森を出る頃には森歩きに慣れてあまり疲れなくなっていたっけ……シェリーに夢中で、疲れを忘れていたというのもあるかもしれないが。
「う、うむ……置いて行くつもりはなかったのだが……話の流れでな、クレア達に報せる前に準備が整ったのだ。もちろん、クレアも行くのであれば構わないだろう。なぁ、タクミ殿?」
息を整えるため、少し俯き加減だったクレアのエルケリッヒさんへの問いかけは、図らずも上目遣いになっていた。
孫娘がお爺ちゃんにおねだりする構図だ……そのため、だけではないだろうけどエルケリッヒさんは断れず頷く。
まぁそうでなくても断る理由はないだろうけど。
「もちろんです。――ごめん、クレアの事を置いて行こうって思っていたわけじゃなくて、レオが急に言い出した事だったから……」
「良かった……はぁ」
「もちろん、私もお供いたします。旦那様」
「は、はい……んー?」
ホッと息を吐くクレアの後ろから、控えめながらも主張するように前に出るライラさん。
いつもより表情が柔らかいけど、静かな圧のような、積極性みたいなものを感じるのはなぜだろう?
クレアと一緒に、というのも珍しいと言えば珍しい気がするし……というより、いつも無表情に近いライラさんだけど、今はほのかに微笑んでいるようにも見える。
本当に、少しだけそう見える気がするという程度だけども――。
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