過去の経験が役に立ったようでした
「いや、クレアの言う通りだとも思うぞ? 動きに関しては、もう少し改善の余地……そもそも、緊張する事に意識を取られ過ぎだとは思うが。言葉には、人を従わせる何かがあると思ったのは私も同じだ」
「うーん……そうなんですかね?」
「お父様や私の手前、タクミさんの言葉に納得できなくても皆頷いて従っていたとは思います。けれど、部屋を出て行った皆さんは、フィリップも含めて不満などなく心の底まで納得していたように見えましたから。これは、レオ様がここにいるからというわけでもないはずです」
そうなのかな? まぁ、一応とはいえ公爵様であるエッケンハルトさんや、その娘のクレアがいるんだから不満を露わにしたり、反対したりはしないだろうけど、本当に納得していたのか緊張しきりだった俺には判断が付かない。
「以前からそうだが、タクミ殿は自己評価が低すぎるのではないか? 先程の会議では、何故そうするのか、そうする事でどうなるのか、わかりやすく話ができていたと思うがな? だからこそ、あの者達も特に反対する事なく納得できたのだろう」
「ははは、ありがとうございます。自己評価の部分は反論できませんし、自分でもどうにかしないとと思う部分ではありますが……。でも、ちゃんと話せていたのなら、過去の経験が役立っているのかもしれません」
部隊の配置とか、こんな軍会議に近い事はした事はないが、会議そのものは何度も何度もやっていたからな。
今回はプレルスさん達が集まる前に、エッケンハルトさんやクレアとある程度話をしておいて、どこにどう部隊を配置するかなどを話し合っていた。
だからというのもあるだろうけど、事前準備をしっかりしてのプレゼン、というのも会社での会議ではやらなきゃいけなかった事だからな、結果はどうあれ。
こうしたい、こうした方がいいだろう、というのを展望も交えながら考えて話す経験といったところか。
こちらではデータを調べてそれをもとに、という事ができないのはあるけど……というか、そのデータを集めるための調査っていう部分もあるからなぁ。
……とにかく、あまり思い出したい事じゃないが、もしそれが役に立っていたのなら過去の俺も無駄ではなかったと、少しだけ自己評価を上げる事ができるかもしれない。
「タクミ殿の過去の経験か……色々と聞いた事はあるが、興味があるな。似たような事をしていたのか?」
「いえ、さすがに今日のような事はしていません。まぁ似ていなくもないと言ったところでしょうか」
大まかにはエッケンハルトさんやクレア達に、日本にいた頃の話をした事はあるけど、さすがに会議での経験とかまでは話していないからな。
とはいえあれも、商品だとかに関係するだけで部隊の配置という意味では全くの別物だ。
プロジェクトとして、班を分けたりする事はあるけども。
「ふぅむ、ある程度話には聞いていても、タクミ殿がいた世界はまるで想像できんな……」
「魔法はないですし、魔物とかもいませんでしたからね。人間にとって危険な動物はいましたけど。こちらの世界から考えると、魔法の代わりに技術だの科学だのが発達した世界ですし、想像できないのも無理はありませんよ」
魔法がある、という世界に関して地球からの視点では物語ではよくあったから、なんとなく想像はつくだろう。
けど、現実にはなかったものだから実際に使えたらどうなるか、という事まではわからない。
まぁ魔法があったらこちらの世界と同じようにか、それともまた別の進化や発達が起こっていたのかもしれないけど。
ともあれ、魔法がないからこそ地球の技術や科学は発展したのだと思うし、魔法がある側から考えると想像できないのも無理はないだろうな。
「以前にも一度言った覚えがありますけど……いずれ、タクミさんのいた場所の事をじっくり聞く機会を持つのもいいかもしれませんね。私も興味があります。それはもう、タクミさんが生まれ育った場所ですから。前に聞いた話ですと、タクミさんにとってはあまりいい思い出のある場所とは言い難いのかもしれませんが……」
エッケンハルトさんと同様に、クレアも地球や日本という場所に興味があるようだ。
言い方的には俺の過去に興味があるのかもしれないが……。
「辛い思い出、というかあまり思い出したくない事もあるけど……今日みたいに役に立つ事もあるし、言い難いって程でもないから大丈夫だよ。気遣ってくれてありがとう」
「いえそんな……」
やっていた仕事に関しては、もう思い出したくない事ばかりだけど……すべてが全てそうじゃないからな。
話したくないとか、話すのが辛いわけじゃなくて、これまで話す機会があまりなかっただけの事だ。
知らない世界、知らない場所で、そこの事を知るのに忙しかったという事にしておこう。
「それに、当然いい思い出もあるからね。レオと出会った事とか、育ててくれた人とか」
「ワフ、ワッフ!」
「ははは、そうか。レオにとってもいい思い出なんだな、良かった」
話を聞いていたレオが、尻尾を振りながら俺に顔を摺り寄せて来る。
それを受け入れて撫でながら笑う。
「ふふふ、本当にタクミさんとレオ様は仲が良くて、ちょっとだけやけてしまいますね……」
「クレア、それはタクミ殿にか? それともレオ様にか……?」
ニヤニヤと、目を細めて微笑むクレアに聞くエッケンハルトさん。
「そ、それは……両方って事にして下さい」
「うん、ありがとうクレア」
「ワッフ~」
「ふふふ、こちらこそありがとうございます。レオ様も」
俯くクレアに、俺から離れてレオが頬を寄せる。
こちらこそ、レオとクレアも仲が良さそうで少しだけ嫉妬してしまいそうだな……もちろん、両方に。
「さて、このまま話していても仕方ありませんし、人心地付けたのでそろそろ出ましょうか」
「む? このままクレアをからかうのも面白いと思うのだが?」
「もう、お父様!」
俺の話しからいつの間にか逸れて、エッケハルトさんはクレアをからかう方向へシフトしていた。
大体いつも面白がったエッケンハルトさんがそうするけど、このままだと俺も巻き込まれそうだったので、話しを切り上げたかったんだよな――。
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