お芝居が始まりました
フェンリル達に乗ってという目立つ形でステージに登場したチタさんとアルフェスさんは、この物語の主人公であり、優しいフェンリルと仲良くなって国を救うという役目を持っているようだ。
……主役はヴォルターさんじゃないんだな、と思ったら、フェンリルを利用して支配を目論む悪役として登場した。
昼にやった子供達相手の時とは違い、全部を一人ではなく一つの役に徹しているだけなので集中できているみたいだ。
何故かその横には、常にヴォルグラウがいるけど……最後まで特に何かするわけでもなかったのは、多分ヴォルターさんが悪役としてフェンリルと対峙する際、心の平静を保つために必要だったのかもしれない。
フェンリルが優しく獰猛な魔物ではない、という事を伝えるのが目的の物語なのはタイトルからもわかるし、それが物語を作って読み聞かせをする、という発端でもあった。
ただそれを伝える側のヴォルターさんが、まだフェンリルに慣れていないというのはちょっとおもしろくもあり、今後の課題かもしれないなぁ……。
「私はここに誓います。今後もフェンリルを人の私利私欲のために利用させず、森の平穏を守り続ける事を!」
「フェンリルがもたらしてくれた平和を、決して崩さぬよう努める事を、俺は誓う!」
ヴォルターさんのやる悪役をフェンリルと共に打倒し、取り戻された平和。
チタさん扮する……とはいっても、衣装なども用意していないのでいつもの使用人さんの格好だけど、そのチタさん扮する主人公の一人の村娘が、フェンリルと森を守り、そのための村にしていく事を誓う。
続いて村娘と恋仲だったが、それぞれのやるべき事をやるために村を離れ、国を救った功績を認められ貴族となって村や森周辺の領主となったもう一人の主人公、アルフェスさん。
掲げた剣と盾を前に、フェンリルだけでなく国が再び荒れないよう誓う場面で、劇が終了した。
素直に面白いと言える内容だったが、特に驚くのはほとんど皆がセリフなどを間違えたり、言いよどんだりがなかった事だ。
一切の間違いなどがなかった、とまではないけども。
初めての事なのに……そりゃ、ヴォルターさん以外は台本を持ったままやっている、というのもあるんだろうけど、いきなり大勢の前で披露しろと言われたら、緊張からとちってしまうのも当然と言えるのになぁ。
「皆様、感動的な最後を見せて下さった方々に盛大な拍手を!」
劇が開始してからは、俺達のいる方に来て一緒に観覧していたセバスチャンさんが、終わりを察して再びステージ前に登場。
皆を煽って大きな拍手を生む。
そして、ヴォルターさん達を促して劇に登場した全員を呼んで一礼させ、ステージからはけさせていく……手際がいいな。
何かしら近い経験でもあるんだろうか? ヴォルターさん達に一礼してもらったのは、観覧中に俺から言った事だけど。
語り手が終わりを告げるでもいいんだけど、皆で一礼の方が劇っぽくて終わりを観客に伝えられそうだと思ったからだ。
ヴォルターさん達も、見てくれてありがとうという気持ちを伝えるのにいいだろうし。
礼をした本人達は、初めての事尽くしでまだそこまで考えられないかもしれないけど。
「うーん、もう少しこう舞台効果を凝って、照明とかスモークとかあった方が……」
「さすがに今日が初めてだし、急遽決まった事ばかりだからそこまではできないって……」
劇が完全に終わり、拍手も鳴りやんで皆思い思いに話し始める中、ユートさんがステージを見て何やらブツブツ言っているのに苦笑。
今日決まった事がほとんどだし、これから先そんな本格的にやるかどうかすらわからないので、考えるだけ無駄な気がする。
「まぁユートさんはいいとして、どうでしたかエッケンハルトさん、クレア。エルケリッヒさん達も」
俺の言葉に耳を貸さず、考え込んでいるユートさんは置いておくとして……とりあえず近くにいたエッケンハルトさん達に感想を求める。
皆の表情を見れば、楽しんでいたというのはよくわかるけど。
「ふむ、私が以前見た演劇というのはもっと煌びやかだったと記憶しているが、これはこれで素朴ではあるが楽しめたな。特に、フェンリル達の戦う場面は迫力があった!」
「そうですね、思わずのめり込んで心の中で応援してました」
「はっはっは、子供達もつい声が出て応援しておったからな。確かにハルトの言うように演劇としての煌びやかさ、派手さはないのかもしれぬが……」
「飛び交うフェンリル、という事だけでも唯一の派手さ、煌びやかさがあったように思うわね」
エッケンハルトさんが以前に見た事があるという演劇、プロの集団だろうから華やかさ、煌びやかで派手さなどもあったんだろう。
比べると、素人が集まって若干棒読みな部分もないとは言えない劇だったからな。
そこは仕方ないが、クレアも含めて皆フェンリル達が活躍するシーンは、かなり評判が良さそうだ。
エルケリッヒさんが言うように、子供達が……特に昼間、一度見た事のある子供が中心となってフェンリルを応援する声が上がっていた。
物語終盤、利用されかけているフェンリルと、村娘達に味方したフェンリルとで一騎打ちのような場面があったんだけど、そこで駆けたり飛び跳ねつつバトルしたのは確かに迫力があった。
フェンリルにとってはかなり加減して、観客も含めて周囲に影響がないくらいにしていたんだろうけど、人から見たらものすごい動きだったからなぁ。
……以前フェリーとフェンの時に見たが、魔法はなくとも全力で戦えば地面に大きな穴が開く程だし。
そこはまぁ、お芝居という事で……でも目の前で戦っているんだから、エッケンハルトさん達が興奮するのもよくわかるし、俺もそうだった。
子供達の様子を見るに、声援が気軽にできるヒーローショーみたいなのも、もしかしたら楽しんでもらえるかもしれないな。
それはそれで大変だし、何か最初の目的とは方向性が違う気がしなくもないけど。
「とりあえず皆に好評なようですし、ヴォルターさんも一安心ですね」
観覧した人達は皆笑顔だ。
大変だったヴォルターさんにとっては、安心と共に嬉しい結果だろうと思う。
とはいえ、このまま今回のような形でお芝居としてやっていくのか、それともまた一人でやるのか、もしくは当初の考え通りに読み聞かせになるかは、これから次第だけど。
まだ物語自体も一つしかできていないし、アレンジするにしても飽きられるかもと、課題はたくさんだ――。
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