一人芝居ではなくなるようでした
「そう、ですね……ヴォルグラウに話したら、よく一緒にいるフェンリルまで連れて来たので、別の意味で頑張らないといけなくなりましたけど……」
そう言って、ヴォルグラウの向こう側にいるフェンリル達の方に視線を戻すヴォルターさん。
視線を向けられたフェンリル達は、どうしたの? と言わんばかりに首を傾げるだけだ。
愛嬌があって、可愛いだけで怖さとかはないんだけどなぁ……書物からの知識が豊富で、だからこそ実際の体験よりもそちらを重視してしまい、恐怖感がぬぐえないのかもしれないけど。
そういえば、ヴォルターさんと初めて会った時だったか、セバスチャンさんが体験を伴わない知識はあまり意味を持たない、というような事を言っていたっけ。
いや、もう少し違った言葉だったかもしれないけど……。
「ははは、でもこの機会に少しずつ慣れて行けるといいかもしれませんね」
「慣れる事ができれば、いいのかもしれないんですけど……ふぅ」
溜め息を吐くヴォルターさんが、フェンリル達に慣れるのは遠そうだなぁ。
まぁとりあえずは、危険ではないと怯えてばかりの最初の頃よりはマシになっているようだし、少しずつだ。
今回も、一応はお芝居するメンバーにフェンリルがいる事を受け入れているようだし、長い目で見て行こう。
「とりあえず、私はこのまま打ち合わせがありますので。物語の内容などを、他の人達にも教えておかないといけませんし」
「あぁ、すみません。邪魔しちゃったかもです。お腹は……空いている余裕はなさそうですね」
夕食の準備はほぼ終わり、テーブルにはずらりと美味しそうな料理が並んでいるうえ、いい匂いも漂っている。
けど、ヴォルターさんの様子を見る限り落ち着いて食事をして、腹ごしらえをとまではならないのを感じた。
レオなんて、定位置でお座りして舌を出し、涎を垂らしそうなくらいなのに……他のフェンリル達も同じだけど。
まぁヴォルターさんだけでなく、お芝居に参加するチタさんやウラさんとアルフェスさん、それからフェンリル二体も、空腹よりもお芝居への興味が勝っているようだしな。
ヴォルターさん達には、終わった後ゆっくり食べてもらう方がいいだろう。
「ははは、まぁわかりますよね。今はお腹が空いた感覚もあまりないので」
そう言って苦笑するヴォルターさん。
とりあえず、色々と終わったら労った方が良さそうだ……いや、その役目はヴォルグラウの方が適任かな? なんて考えつつ、お芝居参加者に声をかけてエッケンハルトさん達が待つ、テーブルの方へと戻った。
「タクミ殿、ヴォルターの様子はどうだった?」
「大分緊張している様子でしたね。まぁそれが、フェンリルの近くにいるからなのか、お芝居を皆の前でやるからなのかはわかりませんけど。両方かな?」
戻ってテーブルに着く俺に、執務室よりもさらにソワソワしてそれを隠さない様子のエッケンハルトさんが話しかける。
随分楽しみにしているんだなぁ。
もう表情が満面の笑みとも言えるくらいだし。
「ただ最初はヴォルターさん一人でと思っていたんですけど、他の人やフェンリルも参加するようで。その打ち合わせをしているみたいです。まぁ、内容やそれぞれの人が言うセリフなんかもあるでしょうし、開始は夕食後ですかね」
「ふむぅ、できれば早くと言いたいところなのだが……」
「お父様、食事くらいは落ち着いて食べて、それからでもいいではありませんか」
早く見たい様子のエッケンハルトさんを、俺の隣に座って妙に澄ました表情のクレアが嗜める。
確かにクレアの言う通りだと思うし、食事を終えてからゆっくり見た方が楽しめるとは思う。
思うんだけど……なんというか、クレアが落ち着き過ぎと思うのは俺だけだろうか?
「……そう言うクレアも、楽しみにしているのだろう? 無理に平静を装っているのがその証拠だ」
どうやら、俺が落ち着いた様子のクレアに違和感を感じたのは気のせいではなく、エッケンハルトさんが言う通り楽しみにしているのを、表に出さないようにしていたかららしい。
指摘されたクレアは、プイッと顔を隠すようにそっぽを向いた。
「そ、それは……私は、演劇というものを初めて見るんです。楽しみにならないわけがありません。――ね、そうよねシェリー?」
「キャゥ?」
「む、シェリーに逃げたか」
膝の上に乗っていたシェリーは、急に言われて何かわからず首を傾げるだけだけど。
「ま、まぁ皆楽しみにしているって事で……とりあえず食べましょうか。ヴォルターさん達が何をやるのか知らない人もいますし、食べながら話すという事で」
「そうだな、早く食べ終わればそれだけ、早く見られるという事でもあるからな」
俺の言葉に頷くエッケンハルトさんだけど、それはどうだろう?
打合せ中だし、それらの準備が終わらなければ、夕食が早く終わっても始められないと思う。
とはいえ、早く食べ始めて気持ちを落ち着けさせた方がいい人もいるのは確かなので、その言葉に乗る事にする。
これから何が起きるかわからない、といった様子の人も一緒のテーブルに着いている従業員さんの中にはいるし、食べながら説明もしないとな。
「ユートさんも興味深そうにしていますし……」
「うんうん、何があるのか楽しみだよ! でも、何をやるの?」
「って、ユートさん知らないでそんな様子なんだ……。えーっと……」
とりあえず、何かがあるというのはわかっているけど、内容までは知らないのによく目を爛々と輝かせる事ができるなぁ。
なんて思いつつ、エッケンハルトさんと似た様子になっていたユートさんを含め、皆にヴォルターさん達がやろうとしている事などを話しながら、食事を進めて行った。
ちなみにエルケリッヒさん達は既に知っていたらしく、エッケンハルトさんのようにソワソワした様子を表に出してはいなかったけど、楽しみなのは間違いないらしかった。
それから、プレルスさん達ラクトスからの調査隊の兵士さんの一部も同席していたんだけど、エッケンハルトさんやクレアだけでなく、先代公爵のエルケリッヒさんやその妻であるマリエッタさんもいる事に、驚いていて恐縮しきりだった。
……そういえば、その辺りの話をしていなかったのを、プレルスさん達を見て思い出して申し訳なかったなぁ。
さらに、その公爵家一家とフェンリル達に囲まれて、使用人さんの一部と従業員さんが一緒に食事をする、という事にも驚いていたようだ。
その辺りは、上手くエルケリッヒさんが言い包めるというか、話して落ち着いたようではあるけど。
俺からの希望で始めた事だけど、少しずつ馴染んで、受け入れてもらえればなと思う――。
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