ヴォルターさん劇場と遭遇しました
「それでは、出発!!」
「ガウゥ!」
「ガッフー!」
輸送隊長さんの号令を受けて、フェンリル達が意気揚々と走り始める。
馬が馬車を曳いて走り始めるより、最初から速度が出ていたようで、兵士さん達が少し動揺したようだけど、その後は一定の速度を保って走っているようなので問題はなさそうだ。
そのまましばらく、リーザと一緒に手を振りながらフェンリルや馬車が見えなくなるまで見送る。
それなりの速度だけど、フェリーを通してちゃんと注意していた甲斐もあり、新馬車を試した時よりも速度は抑えめだけど、馬が引くよりも早いんだろうなぁと思える速度で、ラクトスへといくつもの馬車が向かって行った。
「フェンリル達、楽しそうだったね!」
「そうだなぁ。何かやれる事があると、生き生きするみたいだ。――さて、エッケンハルトさん達はもう屋敷に戻っているかもしれないし、俺達も戻ろうか」
「ワフ」
「グルゥ」
リーザに答えつつ、見えなくなった馬車の走っていった方向から体の向きを変え、ランジ村へ歩を進める。
プレルスさんは戻って来ていないが、フェンリルの選抜や説明などで結構時間が経っているようだし、ハンネスさんと話すと言っていたエッケンハルトさんやクレアも、そろそろ屋敷に戻っているかもしれない。
とりあえず、兵士さん達が寝泊まりするためのテントの設営などが、順調に進んでいるのを見ながら、数の少なくなったフェンリル達を連れてランジ村へと戻った。
「うん? あれは……フェンリルと子供達が集まっているようだけど」
「なんだろう? 行ってみる、パパ?」
「そうだね、騒ぎが起こっているわけではないようだけど、ちょっと見に行ってみようか」
「ワッフ」
ランジ村の中を通って、屋敷へと向かう途中に差し掛かった村の広場。
よく宴会などで使う、村の人達が集まって憩いの場所のようになっているそこでは、何やら数体のフェンリルが子供達を囲むようにしていた。
興味をそそられて、リーザを乗せたレオと一緒にそちらへと近付いてみる。
どうやら、フェンリルも子供達も同じ方向を見ているようで、全員がおとなしくしている様子だ。
「あれは……ヴォルターさん? もしかして……」
ヴォルターさんと子供達……フェンリルがいる理由は子供達と遊んでいたからかもしれないが、とにかく思い当たる事があったので、邪魔しないようゆっくり近づく。
すると聞こえてくるのは、朗々とした話し声。
というか、ヴォルターさんの声だな……話し声のように思えたのは、ヴォルターさんが一人で受け答えしているからのようだ。
ひとり芝居みたいな感じになっているが……。
「な、何故こんな所にフェンリルが!? しかも、人と一緒になんて!」
「ガウゥ! ガフワフ!」
「フェンリルは優しい生き物なんだ。だから、多くの人を苦しめるお前の打倒にも、力を貸してくれる!」
「そうよ! 最初はちょっと怖かったけど、本来穏やかで優しい魔物なのよ! あなたが利用しようとしても、人を苦しめる事なんてしやしないわ!」
等々、全てヴォルターさんの音声……色々と声音を変えて、ヴォルターさん劇場と言うべき光景が、子供達やフェンリル達の前で行われていた。
フェンリルの鳴き声の真似もしていたのはともかく、裏声まで使って女性の口調を真似ているのを聞いた時には、さすがにちょっと吹き出しそうになった。
絶対邪魔になるから、口を手で強く抑えて我慢したが……。
子供達は、ヴォルターさん劇場に入り込んでいるようで、皆無言で真剣に聞き入っている。
俺が産まれるりかなり前に、公園で紙芝居が行われていて……みたいな映像を、何かで見た覚えがあるけど、あれに似ている感じだな。
巨大な狼、フェンリル達がいるのはこの世界というかこの場所特有なんだろうけど。
あと、特に紙芝居のような絵も何もなく、ただヴォルターさんが皆の前で芝居するように、身振りを加えて、または立ち位置を変えて一人で全ての役をやっている、というのも面白く見えてしまうが。
まさにヴォルターさん劇場だが……誰か、もう一人くらい一緒にやってくれる人を探して、数人でやった方がいいかもしれないなぁ。
さすがに一人だと大変そうだし。
ともあれ、以前から頼んでいた読み聞かせの第一回目が開催されているようだな。
まぁ読み聞かせと言うには、台本だとかカンペみたいなものは一切ないが……内容を全て覚えているんだろう、完全に独り芝居を見せる形になっている。
……物語を聞かせられれば、形は別にこだわらないしヴォルターさんや子供達が、それでいいんならいいんだけど。
ちなみに物語は俺も確認した事があるもので、一人の悪党がフェンリルを利用しようとしたが、心優しい男女の若者が優しいフェンリルと出会い、その企みを潰すという内容だ……昔々あるところに、から始まるのがご愛敬ってところだな。
ヴォルターさんのセリフを聞くに、今は物語の佳境で一番盛り上がる、フェンリルと仲良くなった男女の若者が、悪党を追い詰める場面で終盤みたいだな。
――なんて考えているうちに、物語は終わりを迎えたようだ。
「こうして、悪を挫いた正義の若者達とフェンリルは、小さな村を作り、そこでフェンリルと一緒に仲良く暮らしました――おしまい」
……おしまい、で終わるのはやっぱり昔々――と同じように、俺から聞いた日本の絵本の話からの影響だろうか。
子供達には物語がちゃんと終わったと伝わりやすいから、いいのかもしれないが。
「フェンリルが悪い事しなくて良かったー!」
「面白かったー! でも、フェンリルはなんで悪い人について行こうとしたのかな?」
「それは多分、食べ物がおいしかったからだよー。だって、悪い人は偉い人でもあったんでしょ?」
「仲良く暮らした男の人と女の人は、その後結婚したのかなぁ?」
「きっと、ラブラブになったんだよ。フェンリルのおかげで繋がる愛ね!」
等々、ヴォルターさんが一礼するとにわかに騒がしくなる子供達。
短めの物語だった事もあって、子供達の集中力に対してもちょうどよく、皆楽しめたようだな。
ただ、無邪気な意見を話している子供達の中に、少しだけマセている子が混じっているようだけど……早熟な女の子なら、そういうものかもしれないな――。
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