椿油を使うための櫛の話になりました
薬草の量産計画修正に対し、アルフレットさんは溜め息混じりに「旦那様が無理をしないよう、他の者と唸りながら考えた計画でしたのに……旦那様はすぐに無茶をするように見受けられますから、もう少し気を付けて下さい」なんて言われた。
計画を練り直しというか少し修正した事よりも、俺が『雑草栽培』で無理をしないか、というのが心配だったんだろう。
もっと働け、というような事を言われ続けていた経験から、その言葉はむしろ嬉しくニコニコしてしまっていたら、アルフレットさんに深くため息を吐かれてしまったけど。
いや、ちゃんと聞いていますし、忠告というか注意はちゃんと意識して気を付けるようにするつもりですからね?
なんて考えが伝わったのか伝わっていないのかわからないが、ともあれそれらの話ややる事を終えて、昼食のため用意されているテーブルに着いて、カレスさんの元気な様子を眺めていた、というわけだ。
明日にはラクトスへ薬草などを持って、ニックと共に出発する予定だから、今のうちに情報収集をしておいて、いざ販売できるとなった時に備えようってところだろう。
その中で、髪を梳かすための物に関する話になっていた。
「ふぅむ、ブラシやコームによって、少し仕上がりが違う感じがすると……感覚的な物でもあるので、それは、椿油の性質に関係するのか、それともブラシなどが原因なのか、まだまだ情報が足りませんな……」
など、ようやくテーブルに着いたと思ったら、腕を組んで一人呟きながら考え込んでいた。
ブラシやコーム、かぁ……ブラシはそのままで、コームというのは櫛の事だな。
俺は特にこだわりがないし、寝癖などが治ればそれで十分だから細かい違いはわからないが、女性の髪質、長さ、場面によって使う物が違い、それぞれ複数持っている事が多いらしい
「コーム……櫛かぁ。椿油いえば、つげ櫛って言うのがあったなぁ」
「タクミ様、そのつげ櫛というのは一体なんでしょうか?」
ふと小さく口を衝いて出た言葉が、カレスさんの耳に届いていたようだった。
考える事に集中していたように見えたのに……ちょっとした声や言葉も聞き逃さないのは、商人としての癖みたいなものなのかもしれない。
「えーっと、俺もあまり詳しくはないんですけど……椿油を馴染ませて使う、つげ櫛という物がありまして。こちらで言うと、つげコーム? なんだか語呂が悪いですが……」
和櫛の一種だったと思うけど、それがどんなものなのかまで詳しくはなく、ただ聞いた事があると言うだけだ。
多分、伯母さんが椿油を使っていた時の櫛だったと思うけど……。
「俺が知っている範囲では、櫛……コームは一生物と言われている時期があったんです」
「ほぉほぉ……」
いつの間にか、セバスチャンさんが俺の後ろで話を聞いて相槌を打っているけど、そちらは気にしないでおこう。
ともかく、カレスさんや昼食のために集まりつつある人達も含めて、櫛の事を話して聞かせる。
日本で使われる和櫛は高級品で、歯の数によって呼び名が違ったりはするけど、贈り物などでもよくあったらしい、というのはなんとなく知っている。
その和櫛の一つだったか何かで、つげ櫛というのがあって、椿油を馴染ませているため、椿油を使って髪を梳くのに最適だとか、そういう認識である事など。
あくまで、うろ覚えだし詳しく調べたり聞いたりした事ではないため、かなり曖昧だけどとりあえず皆にはそういった話をしてみた。
興味深そうにするカレスさん……だけでなく、いつの間にか椿油を使う女性達も皆、俺の話を真剣に聞いていたから、途中で止められなかっただけだけども。
そんなに、真剣に聞く話じゃないんだけどなぁ、と思うのは俺が男で深く興味があるわけじゃないからかもしれない。
「つげ櫛……一生物……ふぅむ。つまり、一つの物をずっと使い続ける事で、椿油が馴染むようになったという事ですかな?」
「いえ、そこまでは詳しく……多分そうだと思うんですけど。あれ、元々作る過程で、椿油に漬けて馴染ませてあるから、だったかも……?」
つげ櫛の作り方に関しては、曖昧どころかよく知らないからな。
椿油が馴染んでいるというのはそうなんだろうけど、どうやって馴染ませていたのかまではわからない。
作る過程で馴染ませているのか、ずっと使っているから馴染んだのか……。
「いずれにしても、丈夫なコーム……櫛でしたか。一人一つ持って使い続けると言うのは、興味深いですな。さすがは、こことは別の知識を持たれているタクミ様」
「いやまぁ、完全な知識とはとても言えませんけど……うろ覚えな事ばかりですし」
ふんふんと鼻を鳴らしつつ、感心しているカレスさんには大分前に、俺が異世界からというのは話してある。
まぁ薬草販売をする時に『雑草栽培』の事は伝えてあったからな、ギフトを得る条件というのはともかくとして、別の世界からというのも一応は受け入れてくれていた。
「ただまぁ、一人一つなので数が売れないため、あまり商品としては向かないかもしれませんよ? 買いなおす事もほとんどないので……」
今だと複数種類のブラシやコームを持っている女性は、屋敷の中ではほとんどらしいし。
あまり丈夫な物は少ないらしく、歯が折れたりなどの場合は買いなおす事もあり、そのため比較的安価の物ばかりのようだ。
けど一生物の櫛だったら、買いなおすなんて事もほとんどの場合で起きないから、多くを売るという事には向かないだろう。
そこは注意しておかないといけないと思い、カレスさんに言うとすぐに首を振っていた。
「いえ、確かに数を売るという点ではそうかもしれませんが、先程タクミ様も仰っていたように、高級品……素材にこだわった物であれば、商品としての価値は十分にあります」
「あぁ成る程……いい物だから高くなり、そうすれば数が売れなくても問題がないと」
「はい」
つげ櫛だとか、和櫛がそうなのかはわからないけど、一つ一つの価値を上げて販売する事で、数が出なくても利益を得られるようにってわけだ。
まぁどのくらいの利益を得ようとするかは、売る側次第ではあるけど……もちろん、利益だけを追求して見合わないのに高価になってしまえば売れないだろうし、逆に行き渡らせるために利益を少なくして安くすれば、売る側が困ってしまうけど――。
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