椿油はとんでもない相手に頼んでいたようでした
「逆だよ、逆。問題がなさ過ぎて問題というか……」
「どういう事?」
難しい表情のユートさんを、俺だけでなくクレアやライラさん、そしてマリエッタさんが注目する。
エッケンハルトさんやエルケリッヒさんは、椿油その物に興味がないのか、直接関係ない事もあってフェンリルやレオ達の様子を見ているな。
あ、並べられ始めた夕食の方も見ているか……。
「えっとね、製造は特に難しい工程もないみたいで、誰でもってわけじゃないけど問題はない。そして、継続して製造する事に関してなんだけど、むしろ向こうが凄く乗り気でね」
「乗り気なら、そのまま任せてもいいんじゃないかなって思うんだけど……」
「いやぁそれがさ、えっと……『これは是非大々的に売り出して、世の女性達全てに使ってもらうべきですわ! 準備はできていらして? もしできていない場合は、万事こちらに任せて頂ければ全て作って見せますわ!!』っていう事らしいんだ」
「ですわって……作ったのが女性って事はわかったけど……」
つまり、大量に作りたいという意気込みが向こうにあるってわけだ。
ですわとか言う口調を真似たユートさんの裏声はともかく、なんとなく既視感を感じる口調……お嬢様言葉でもある。
ちょっとだけ懐かしく……は、ユートさんが言ったのもあってならなかったけど。
「ちょっと意気込みが凄くてね。このままだと、とんでもなく大量に作る事になりそうなんだよ。でもそれは、タクミ君の望むところじゃないでしょ?」
「まぁ……椿油が必要なら、存分に作ってとも思うけど……ただ椿がなぁ」
「うん。タクミ君しか作れないからね。いくら準備があるって言ってもいきなり大量生産は難しいわけだ」
薬草畑自体、少しずつ準備をしてこれからって時に、椿専門のようにそれだけを作り続けるわけにはいかない。
数を増やそうにも、俺が作るのは椿だけじゃないからそんなに一気に増えたりはしないし、大量生産するには足りなくなるだろう。
しかもユートさんの真似の通りなら、この国どころか世界に広めようとすらしているようだし……さすがに、そこまですぐに世界へ販路を広げる事はできないだろうけど……できない、よね?
「意気込みがどうあれ、原料がなければ作れないし……そんなにすぐ多く売れる、というか大量に作って広める事はできないだろうから、あまり意味がないと思うんだけど……」
「それがねぇ、できるんだよねぇ。まぁ、さっきの言葉通りいきなり全ての女性達にってのは無理だろうけどね。でも、数千や数万程度じゃ足りなくなるくらい、一気に広げる事ができる相手なんだよ」
できないと思っていたら、できるらしい。
それだけの販路を元々持っているって事か? これから販路を広げるとかだと、さすがに時間がかかるだろうし。
「……まさかとは思いますが、ユート閣下。その相手って、例の『国境を持たない美の探求者』達……だったりしますか?」
マリエッタさんが、頭痛を抑えるように額に手を当てながら問いかける。
というか『国境を持たない美の探究者』ってなんだろう……そんな活動家スレスレな名前の組織とかあるんだ。
方向性は全く違うけど、国境を持たない医師団を思い出したぞ。
「いやぁ、化粧品としての椿油を求めているみたいだったからね。他にもいくつか頼んだけど、そのうちで一番成果を上げてくれたのはそこなんだよ」
「成果っていうと、椿から抽出する過程で?」
「うんとね……」
ユートさんが言うには、確かな効果を試作の段階で示した事。
それ以外にも抽出するにあたって、根を漬けたりその後の濾過作業など、椿から油を抽出するだけでなく椿油という製品として、一番ちゃんとした物ができた相手らしい。
人体に少しでも悪影響を及ぼさないような配慮もされているとか……多分これは、濾過作業に関してだろうと思うけど。
濾過してそういった成分を取り除いたとかだろうな。
「他の所は、まだ試作段階とも言えないくらいらしいんだよ。それこそ、ここにある椿油のような効果まで見込めないくらいのものらしくてね。いやー、頼んだら迅速行動。考えていたより早い制作で、助かったよね」
マリエッタさんが言ったような名前の団体とか組織なら、美への追及のためならなんでもしそうな気もするし、他にどこへ頼んだかは知らないけど、モチベーションなども段違いだったんだろう。
既存の化粧品よりも、いい物ができる可能性があったのだから。
「いやー……じゃありませんよ! なんてところに頼んでいるんですか!!」
「だってさぁ、僕の人脈を頼っていいって言われたし、むしろそういう約束だったからね。タクミ君には僕が気に入るこの場所を提供してくれているわけだし、できる限り力を尽くしたいじゃん?」
「じゃん、じゃありません! この分だと、他にも厄介な相手に頼んでいそうですが……」
「んー、厄介かなぁ? えっとねぇ……」
言い募るマリエッタさんは、今度は頭を抱えてしまった。
そんな中でも、あまり取り乱す事なく飄々として頼んだ相手を挙げていくユートさん。
俺は『国境を持たない美の探究者』すら知らないが、ユートさんが口に出す人、団体? 組織? などのどれも聞いた事がないものだった。
まぁ、公爵領の一部くらいしか行動範囲がないせいで、そこしか知らない俺が知っているはずもないんだけど。
ただユートさんの口から出る名を聞くたびに、マリエッタさんが深く溜め息を吐くだけでなく、エルケリッヒさんやエッケンハルトさんまでもが、顔に深く皺が作られて行った。
クレアも額を抑えて首振り、溜め息を吐いていたりする。
それだけ、厄介な相手に頼んでいるって事か……以前、椿を作った後でエッケンハルトさん達に、ユートさんを頼った事について言われたけど……その時少し感じた嫌な予感のような物が、当たってしまったっぽいなぁ。
「錚々たる顔ぶれ、と言えばいいのかしら……? はぁ、どうしたらいいのか」
「どうしたもこうしたも、相手が相手だ。一国の公爵家に過ぎない私達には、何もできないだろうよ」
「何かしようとすれば、場合によっては公爵家が吹き飛ぶ可能性もありますからな、母上」
悩むマリエッタさんに、諦めろと言わんばかりのエルケリッヒさん。
エッケンハルトさんもそれに続く――。
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