フェンリル達は興味津々のようでした
「これが……少し、甘い香りがするのね」
「椿特有の香りが残っているみたいです。もしかすると嫌いな人もいるかもしれませんけど……受け入れがたい香りではないと思っています」
「そうね。これまでの髪油と比べると、比べるのもおかしく感じるくらいだわ。香りも一つの美しさの要素と考えると、あの臭いを我慢してまでというのは、正直どうかと思っていたのよ」
「魔物も寄って来るような臭いみたいですからね……」
屋敷にいる人達はほとんど使っていないようで俺は嗅いだ事がないけど、そこまで酷い臭いなのだろうか?
魔物が好むイコール臭いというわけではないと思うけど……。
まぁクレアやライラさん、ルグレッタさんは嫌な臭いのようにも言っていたっけ。
「ただまぁ、椿油は椿油で、別の魔物を呼び寄せてしまうんですけど……」
「え……これもそうなの? って、きゃあ!」
「ガフ、ガフ」
「グルゥ」
気付けばいつの間にかフェンリルが数体程、マリエッタさんのすぐ近くに迫っていた。
目的は、マリエッタさんが手にする椿油の化粧瓶だろう。
驚いて声を上げるマリエッタさんに、フェンリル達は一斉に首を傾げつつも、興味のほとんどが椿油の匂いにあるようで、鼻先を近づけようとしていた。
これまで瓶の蓋が閉まっていたから、匂いが漏れてはいなかったんだけど……マリエッタさんがどういう物か確かめるために蓋を開けてしまったからな。
ちなみに、髪などに付けて馴染ませているクレアやライラさんには、既にフェンリル達が数体ずつ近づき、鼻を寄せてクンクンと匂いを嗅いでいる。
衆目で女性の匂いを嗅ぐなんて、人間の男がやったら変態と罵られかねないが……フェンリルだからクレアやライラさんも特に嫌がっていない。
というかクレアに至っては手に塗ったのだろう、シェリーを抱き、鼻をひくつかせて匂いを嗅いでご満悦な様子を微笑んでみているくらいだ。
夕食時で、お腹が減っているはずなのに食べ物よりも、椿の匂いの方がフェンリル達にとって気になって優先されるらしい。
これは、毛に使うかどうかはさておいて、やっぱりアロマ的な椿の香りのする物もフェンリル用に作らないといけないかもなぁ。
ちなみに、レオは椿の匂いには興味がないようで、リーザやティルラちゃん、ラーレやヴォルグラウとじゃれ合っている。
ヴォルグラウはフェンリルではなくウルフだけど、そっちも椿には興味がないみたいだな。
獣人で人間より嗅覚が鋭い、リーザやデリアさんも同様なようだ。
フェンリルだけに興味を示させる何かが、椿になるのだろうか……?
「マリエッタさんを驚かせちゃだめだぞー。ほら、こっちにいい香りがあるから、移動しようなー」
「ガフ!」
「グルゥ!」
俺の椿油を、懐から出してライラさんが差し出してくれたお皿に、数滴程垂らす。
化粧瓶の蓋が開いて漏れ出る香りとは違い、液体が外に出て広がる香りはフェンリル達に効果が抜群だったようで、すぐにマリエッタさんから離れ地面にそっと置いたお皿に殺到する。
「はぁ……助かったわ、ありがとうタクミさん」
「いえいえ。急に近くにいたら、しかも一体だけじゃなかったですし、驚いても仕方ないですよ」
「いい加減、フェンリルに慣れたらどうだ? マリエッタ。おとなしいものだぞ?」
「そうは言われても……やっぱりまだ少し抵抗があるのよ」
エルケリッヒさんに言われて、少しだけ拗ねたような様子を見せるマリエッタさん。
なんとなく、拗ね方がクレアに似ている気がするな。
「まぁ少しずつ、無理しないように慣れていきましょう」
マリエッタさんにそう言いつつ、舐めたりしないか少し気を付けてお皿に殺到したフェンリル達を見ていたけど……椿を作った時のようにただ鼻を近づけて嗅いでいるだけのようだ。
これを見る限り、フェンリルが気に入る香りや成分が含まれていると言われても、不思議じゃないな。
なんて考えつつ、同じ食卓に着いているユートさんへと顔を向けた。
「というわけで、フェンリル達用にも別に何かを作る必要があるんだけど……ユートさん、椿油の製造などでちょっと話が……」
「タクミ君に頼まれちゃあ、僕も頑張らざるを得ないよねぇ。まぁ実際はルグレッタが怖いのもあるんだけど」
「それは、いつもならご褒美のように言っているのに……」
「程々ならね。さすがに僕でも、何でもかんでも気持ちよくなっちゃうわけじゃないよ?」
「……そうだったかなぁ?」
これまでは、ほとんどどんな事でも嬉しそうにしていた気がするけど。
でも、ユートさんも協力してくれるのなら話が早い。
マリエッタさんを味方に引き込む意味も、あまりなかったかな? フェンリルには驚いたようだが、椿油は喜んでいるようだから、渡して良かったけど。
「まぁとにかく、椿油の製造に関してなんだけど。説明書を見る限り、こちらで無理せず椿を用意するのはできると思う……製造する量にもよるけど」
椿一つで今回の化粧瓶数本分が抽出できるなら、薬草畑で数を増やしつつ製造できると思う。
さすがにいくらでもというわけではないけど、屋敷に全員に行き渡っても全然余裕がある数位は見込めそうだ。
「んー、それなんだけどね……タクミ君、製造方法買わない?」
「え? いやまぁ、どこでどう抽出したのかとかは気になるけど、製造方法を買ったら、こちらで全部作る事になると思うけど、いいのか?」
人手の問題はあるかもしれないが、俺としては広く椿油を販売することまでは考えていないため、製造方法を買ったら椿をいくつか作って、必要なだけ製造するって事になるだろう。
ある程度覚悟はしていたけど、やっぱり薬草畑で増やす植物のメインは椿ではなく薬草なんだから。
それに、販売するために多くを製造する事になったら、さらに人を雇う必要が出てきそうだし……。
専門の部署を設けてとかも必要かな? なんにせよ、製造方法を知ってすぐにできる事は、近くで必要な人分の物を確保するくらいだろう。
「……そうなっちゃうよねぇ。反応を見れば、試作は成功なんだろうけど……ちょっと多くを生産するには今のままだと問題があってね」
「問題? 何か製造過程で? それとも、継続して製造するのが難しいとか?」
今回は試作だけど、正式に作る製品となれば仕事として成り立ってしまう。
誰に頼んだのかは知らされていないけど、もしユートさんが頼んで今回試作してくれた人達が、製造を担ってくれるような人でないのであれば、仕方ないかもしれないけど――。
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