椿油の効果を確かめました
――女性の化粧に対する意識的なものは、男の俺……特に化粧とか美容とかをこれまで特に考えて来なかったのもあってか、わからない事が多いなぁなんて考えてからしばらく。
ライラさんを待っている間、椿油の取扱説明書を熟読。
箱の中に三部あった取扱説明書は、一つは使用方法の部分が抜かれてライラさんに渡してある。
残りの二部のうち一部を、俺とクレアが、もう一部を集まった女性達で回し読みだ。
皆、効果の方を期待してか浮足立っている様子だけど、説明書を読んでいる目はらんらんと輝いているように見えた。
ちなみに、俺とクレアが読んだ後の説明書も、追加で皆に渡して読んでもらっている。
「……少し、遅いかな? でもまぁ仕方ないか」
「そうですね。おそらく、お風呂にも入っていると思われますので」
「使用方法に書かれていたあれだね。それなら尚更遅くなっても仕方ないか」
ライラさんが退室してから二時間近く……一から化粧をするわけでもなく、椿油を髪や手などに馴染ませるだけならそんなに時間はかからないだろう。
けど、クレアが言ったように使用方法について正しく再現するため、説明書に書かれている事を実践しているのだと思われた。
特に髪へと使用する際は、一度洗って乾かしてから櫛で梳かしながら全体に馴染ませると書かれていたからな。
湯船につかるかはともかくとして、お風呂に入って髪を洗い、水気を拭き取って髪を乾かして、そこから椿油をとなると時間がかかるのも無理はないんだろう。
特にライラさんは、集まった女性達の中でも髪は長い方だし。
……俺なんかは、髪が伸びれば面倒だからと散髪して単純に短くするけど、長い髪を毎日手入れする女性ってやっぱり大変だろうなぁ、なんて思う。
ラクトスでも見かけたし、ランジ村でもそれなりにお年を召した女性はあまり気を遣っていない様子なのを見た事はある。
けど、屋敷にいる女性はクレアを始めとして全員、身だしなみの一つとして捉えているのか、そういった手入れを欠かしていないようだから。
ある意味、業務というか仕事の一環なのかもしれない。
その辺りは男性使用人などもあまり変わらず、最低限の手入れと身だしなみは整えているみたいだ。
一部、訓練終わりの護衛さんを除けばだけど……護衛さんでも、女性や気を遣っている男性はすぐに汚れを拭ったりお風呂に入ったりしているんだけどな。
後でセバスチャンに聞いた話によると、お客様を迎える事もあり、その家の格ではないけどそれに近い物のために、使用人は身だしなみを整えるのも必要だとか。
確かに言われてみれば、大きなお屋敷に招かれて、服装や髪などがボロボロな使用人ばかりだったら、イメージが悪いよな。
見栄の一つかもしれないけど、対面のイメージを良くする、住む人や訪れる人が気分良く過ごせるようにする、という意味でも必要なのか。
同じかはわからないが、営業の仕事とかでもきちんとした恰好で、できるだけ清潔でいないといけないしな。
人は内面、中身が重要だとは思うが、見た目からの第一印象も大事だから。
「お待たせしました! ライラさんのお披露目です!」
「お」
「戻ってきましたね」
そんな事を考えていると、大広間に入って来たゲルダさんが大きめの声でライラさんが戻って来た事を知らせてくれる。
だけどお披露目って……披露宴とかファッションモデルじゃないんだから。
「ゲルダ、少し恥ずかしいから大袈裟にしないで」
「まぁまぁ。――どうですか、皆さん!」
おずおずと恥ずかしそうに、ゲルダさんの後ろから入って来たライラさん。
おそらくゲルダさんがいつもよりかなりテンションが高く、お披露目なんて言って皆の注目を集めたからだろう。
だがゲルダさんはライラさんの言葉は聞き流し、満面の笑顔だ。
多分だけど、実際に椿油の結果がわかって喜んでいるのもあるんだろう……いつもと比べると本当にゲルダさんか? と思うくらいテンションが高い。
ともあれ、椿油を使ったライラさんの方が今は重要か。
あまり、女性の見た目をあれこれ言うのは憚られるし、俺が言っていいものかと躊躇してしまいそうだけど……。
「……カラスの濡れ羽色、って言うのかな? 黒髪を褒める時の言葉だったと思うけど」
「カラス? というのはわかりませんが……確かに濡れたようなしっとりとした黒い髪が、美しいですね」
いつもの硬い、というよりは無表情に近いライラさんとは違い、皆に注目されているせいか少し恥ずかしそうにしているのも相俟って、言葉を選ばなければ単純に美しくなっている、と思う。
黒髪の貴公子が言っていた、黒髪で最上の誉め言葉が思わずスッと出て来るくらい、しっとりとしていてつややかなライラさんの髪は、輝いているようにすら見えた。
キューティクルも保たれているせい、とかかな? いや、保たれているというより椿油が復活させたという方が正しいのかもしれない。
しっとりした濡れ感があるのは、上気した顔のようにお風呂上がりだからとかではなく、元来の艶やかさが表に出た結果のようだ。
「少し、恥ずかしいですが……自分でもこれ程までにすぐ効果が出る物だとは思っていませんでした。これまでは、髪を洗い流して乾かした後は、少しばらついてまとまらなかったのですが……」
「本当にすごいんですよ! しっとり濡れているように見えて、実際は濡れていませんし髪もサラッサラなんです! 櫛を通していても、少しの引っ掛かりもないくらいです!」
ライラさんの言葉を継いで、興奮気味に伝えてくれるゲルダさん。
感心して見ている俺とは別に、大広間にいる女性達からは歓声が上がる……クレアも例外ではなかったようだ。
というか、ばらつかずにまとまってくれるって事は、整髪料的な効果もあったりするのかな? 本来の椿油にそれがあるのかは知らないけど。
だとしたら、ちょっと俺も興味が出て来たな……朝の寝癖を直す時とかに使えるかもしれない。
これまではお湯で湿らせて直していたからなぁ。
なんて、俺の興味は余所にライラさんへとクレアさんを筆頭に、女性が群がっていく。
あれよといううちに人に囲まれて、俺からライラさんが見えなくなってしまった。
もう少し、あの綺麗な黒髪を見たいと思っていたけど……仕方ないか。
これ以上黒髪ばかりに見惚れていたら、あの黒髪の貴公子のようになりかねないし。
俺はどちらかというと、クレアの金髪がどうなるのかの方が気になる。
毎日の欠かさぬ手入れのたまものだろう、クレアは椿油がなくとも綺麗な金髪なんだけど、それがさらに綺麗になると思えば、椿を作ってユートさんに頼んだ甲斐があるってものだからな――。
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