妙なガラス球の事を聞きました
「とりあえず、横に置いておこう」
「水をお持ちしました」
地面に落ちたガラス球を拾い、ベッドの横に備え付けてある小さなテーブルに置く。
落ちないよう、鞄で囲んでおく……これで転がったりしないはずだ。
ガラス玉を固定したあたりで、ハンネスさんが水の入った木の器を持って帰って来た。
「ゴホッ! ゲホッ! ゴホッ!」
「吐き出さないように、しっかり飲んで下さいね」
「……ゴホッ! ……あー……ゴクッ」
激しく咳き込むフィリップさんの上半身を、ハンネスさんに起こしてもらい、ラモギを口の中に入れて水を飲ませる。
なんとか粉末を飲み込んだフィリップさん。
これで、すぐに良くなるはずだ。
「おや? それは……」
「あぁ、フィリップさんが持っていたので、転がらないようにそこに置いておきました」
フィリップさんにラモギを飲ませ終わり、後は効果が出るのを待つだけとなった段階で、ハンネスさんがテーブルに置かれたガラス球に気付いた。
「ここまで持って来てしまったのですね」
「これはなんなんですか?」
フィリップさんが眠っている間も、何故か大事そうに持っていたガラス球。
以前、ラクトスの街でイザベラさんが使っていた水晶よりは、少しいびつな形をしているが、十分丸く作られていて、何も遮るものが無ければ転がってしまうだろう。
「これは、少し前に商人が持って来てくれた物でして。これをワインを作る蔵に置いておくと、味が良くなる効果があるそうです」
「ワインの味が良くなる……」
このガラス球を置いておけばワインの味が良くなる……?
そういった事は日本では聞いた事がないが……もしかしたら何かしらの魔法が掛けられていたりと、特殊な効果のある物なのかもしれない。
……俺から見ると、そんな感じはしないんだが……。
セバスチャンさんに習って魔法を使えるようになったからか、かすかにだが魔力を感知出来るような感覚がある。
それからすると、このガラス球からはあまりいい感じはしないんだが。
「確か……1カ月と少し前くらいでしたかな……いつもブドウを仕入れている商人とは違う商人がこの村に来まして。その時にこれを置いて行ったのです。ワインの味が良くなるためにと言われて」
「1カ月前……」
なんだろう、その時期に引っかかるものを感じるんだが……。
「その商人は、この球以外には何をしにこの村へ?」
何故か気になった俺は、詳しい事を聞こうとハンネスさんに質問をする。
「その時は、いつもこの村に来て下さる商人の方が、事情により来られなくなったとの事でして。代わりにブドウを持って来て下さったのですよ」
「成る程……その時ついでにこの球を置いて行ったと」
「はい」
いつもとは違う商人が来て、ワイン用のブドウと一緒にこのガラス球を置いて行ったのか……。
「そういえば、ここで作るワインのブドウは、何処で作られてるんですか?」
屋敷にいる時、一度もワインは出て来なかった。
クレアさんやエッケンハルトさんがお酒を飲むのかは知らないが、貴族の屋敷だ、ワインなんかの嗜好品が出て来ないのも不自然な気がする。
「ワインのためのブドウは、ここからは遠いのですが……隣の伯爵家の領内で作られています。そこから直接仕入れて、ここでワインを作っているのです。あちらには、ワインを美味しく作るための樽に使う木が不足しているようでして」
隣の伯爵家は、公爵家の領地とは違って森が少ないのかもしれない。
樽を作るための木が無い、というだけの可能性もあるけどな。
それにしても、伯爵家……か。
「その伯爵家というのは、バースラーという家名の?」
「そうです。バースラー伯爵です。あの方はワインが好きなようで、ブドウを仕入れる代わりに優先的にワインを出荷しております」
この国には、他にどんな貴族がいるのかは詳しくないが、その名前なら聞いた事がある、つい最近。
バースラー伯爵か……ここでその名前を聞く事があるとは思わなかったが……。
1カ月以上前……ワインとブドウ……ガラス球……伯爵に例の店……この村に蔓延した病気とラクトスで流行っている病気……。
推理だとかは得意な方じゃないが、何か繋がりがあるような気がしてならないな。
「ここで作るワインは、ラクトスには?」
「一番近くて大きい街ですから、もちろん卸させて頂いてますよ。ですが、伯爵家に納入する物もあるので、あまり多くは卸せないのですが……」
「ふむ……」
ラクトスの街には卸しているが、あまり数は無いのか……それなら、屋敷で飲まれていないのもわからくもない。
手に入らないという事は無いだろうが、少ない物を無理に買っていないだけだろう。
普通の領民に比べたら贅沢な暮らしをしているかもしれないが、散財をしてまで贅沢をしようとする人達じゃない。
「ちょっと、ワインに興味が出て来ました。あれだけ美味しいワインですからね。このガラス球も元の場所に戻さないといけませんし、もう一度蔵に行っても良いですか?」
「タクミ様ならば喜んで。村の仕事に興味を持たれるのは、嬉しい事です」
村人総出で仕事をして、細々と暮らしている人達だ、自分達の仕事が褒められるのは嬉しい事だろう。
ちょっとずるいかもしれないが、今回はそれを利用して、蔵の……というよりワインの様子を見てみたかった。
なぜかはわからないが、最近の問題事だった例の店に関する情報に繋がるような気がしたから。
「……フィリップさんは……もう大丈夫そうですね」
「咳もしなくなりましたし、穏やかに寝ておられますね」
テーブルに置いておいたガラス球を手に取りながら、フィリップさんの様子を窺う。
ラモギがちゃんと効果を出したのか、先程までと違って苦しそうな咳をしていないし、顔も赤くない。
苦しそうな様子もないので、このまま寝かせていても大丈夫だろう。
「すみません、もし俺がいない間にフィリップさんが起きたら、朝のスープと同じ物を出してもらえますか?」
「はい、わかりました。昼食の準備もしますので、一緒に作らせてもらいますよ」
「お願いします」
ガラス球を持って、ハンネスさんと一緒に蔵へ向かう前、居間にいた奥さんにスープを頼む。
あの温かくて体に染み渡るスープなら、お酒を大量に飲んだうえ、病み上がりなフィリップさんも飲むことが出来るだろう。
ラモギで元気になったとしても、二日酔いまでは治るかどうかわからない。
二日酔いになっているかどうかはわからないけどな。
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