ユートさんが静かにキレていました
「僕はね、まぁ僕の勝手な考えなんだけど……ここの事はものすごく気に入っているんだ。タクミ君と気安く話せるのもいいし、レオちゃんがいていつでも挑戦できるのもいい」
いや、さすがにレオにいつでも挑戦はちょっと……。
そう言っているだけで、ユートさん自体は裏ボスとも言っているレオに対して、最初に会った時以来挑戦とかはしていないけど。
もしかしたら、いずれ何かやらかす気なのかもしれないが。
「タクミ君達は、フェンリルが穏やかな性格だと思っているみたいだけど、場合によっては獰猛で凶暴性も備えている魔物だ。そりゃそうだよね、フェンリル自体は簡単に人間が敵う相手じゃない。けれど人間が挑む事もある。生活を邪魔されたり、命を狙われたらやり返すのは当然だからね」
つまり、害されそうになったら反撃するのは当然だし、それを見た人などがフェンリルを獰猛と言っているとかだろうか。
優しく接すれば穏やかで、子供達とも遊んでくれるフェンリル。
レオがいて、敵対しないからこそ安心してくれているってのもあるかもしれないが……それでも、獲物や反撃の時は攻撃的になるのは当然とも言えるか。
実際、森の中で狩りをする時なんかは人がかなわないと思う程、圧倒的な力や魔法で仕留めていたから。
「ハルトやエルケみたいに、気心を知れたのもいる。テオドールやオフィーリエのような、可愛い子達もいるんだ」
エッケンハルトさん達は多分、昔からの付き合いだからだろう……特にエッケンハルトさんは時に二人で少年のようなイタズラを面白がってする事もあるくらいだし。
それにテオ君やオーリエちゃんは、ユートさんの子孫だから孫とかそれに近い感覚なんだろう。
「そうして皆が穏やかに笑っていられる、一種の楽園みたいな場所だって、僕は勝手に思っているんだ。フェヤリネッテを観察するのも楽しいしね。そんな場所を、目的はともかくフェンリル達を苦しめるような真似をして……もしかしたら危うい、何か少しでもズレたら壊れてしまうかもしれない場所を、狙うなんてね……」
さらに底冷えするような気配が部屋に広がる。
単純に、ユートさんは怒っているんだろう。
お気に入りの場所を、目的はともかく手段を用いて害する可能性のある事に対して。
いや、実際にフェンリル達の体調が悪くなったんだから、もう既に害されていると言ってもいいのか。
俺も犯人に対して怒る気持ちがあるし、他の皆だってカナンビスを使っている事も含めて、腹に据えかねている人もいるだろう。
「だから、関わった奴全て……カナンビスごと根絶しなきゃね。僕の個人的な想いだけど、国に対しての反逆行為でもあるわけだ。入手経路の可能性が高いのは貴族、もし関わっていないのならそれでいい。でも関わっていたら、後悔させてやらなくちゃいけないからねぇ?」
気持ちをほとんど吐露できたのか、俺に向かってにこやかな笑顔を向けるユートさん。
でも、笑顔の目はこれまで通り笑っておらず、体の芯から震えが来るような気すらする。
というかそこで俺に振られても……場の雰囲気に呑まれているのもそうだし、初めてユートさんがこうして怒っている雰囲気を感じていて、どう返せばいいのかわからない。
不甲斐ない……。
「か、閣下。お気持ちは十分にわかりました。私も、そして他の者達も同様の想いである事でしょう。ですがどうか、落ち着いて下さい」
静まり返る部屋の中で、唯一声が出せたのはルグレッタさん。
この中で一緒にいる時間が一番長いからとか、お目付け役……というのはあまり関係ないかな、ともかくこういうユートさんを他で見た事があるのかもしれない。
「うん? あぁそうだね、ごめんごめん、ついつい熱が入っちゃったよ」
ふっ……と、部屋の空気が軽くなった気がする。
今度こそ、目の奥も含めて笑ったユートさんに、俺も含めて皆がほっと息を漏らすのがわかる。
熱が入ったどころか、部屋の気温が実際に下がったような気すらするくらいだったけど……うん、ユートさんは怒らせないようにした方が良さそうだ。
感情のまま、烈火の如く怒る人も怖いけど、静かに、抑え込んでいるようだけど抑え込めていない感じで怒る人は、もっと怖い。
多分だけど、こまめに発散するのではなく溜め込んで一気に爆発するタイプだからかもしれない。
本当に怒った時は、クレアもこのタイプに近いからこちらも同様だな……エッケンハルトさんが、俺とクレアが話していたところを覗いていた、以前あった時の事とかな。
「ワッフ!」
「え、えーと……とにかく、カナンビスの入手経路や目的、誰がやっているのかなど、協力して調査をするという事で……ここにいる人達全員が、同じ意見で統一されているという事で……」
空気などは軽くなったし、温度も戻ったように思うけど、それでも誰も声を発しようとしなかい中、レオに促されてとりあえずまとめるようにそう言った。
レオだけは、平気そうだったからな……助かる。
「そ、そうだな、タクミ殿。カナンビスを使っている事、その薬でフェンリルが被害にあった事など、許すわけにはいかん」
「うむ。薬はフェンリルや一部特定の魔物に効果を示すもののようだが、そもそもにカナンビスがある時点で、いつ人間にも危害が出るかわからぬからな」
「そうよね。それこそ、カナンビスをばら撒いて街や村、多くの人達を巻き込む可能性を持っていると言えるでしょう。絶対に許すわけには参りませんね」
俺の言葉で、ようやく皆の緊張が解れた……というわけでもないだろうけど、固まっていたものが動き出したように、エッケンハルトさんを始めとしてそれぞれが声を上げ始めた。
ちょっとしたアクシデントというか、本来犯人に向けるはずの恐怖が部屋の人達に広がってしまったけど、カナンビス、そして犯人をどうにかして捕まえて、これ以上の被害を出さないという方向で、皆の意思は統一された
そもそも、マリエッタさんはまだ少し慣れない様子もあるけど、皆フェンリルを受け入れているし、危険な薬草が使われているので、ユートさんが何もしなくても全員の方向性は決まっていたんだけどな。
……ある意味、ユートさんに気を引き締められた気分だ――。
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