ジュウヤクの消毒液作成は大事業になりそうでした
「う、うん。まぁ話は終わったよ」
「でしたら、行きますよ。まだやる事が残っているでしょう? そもそも、ユート閣下がタクミ様に頼んだからでしょう……」
そう言いながら、ユートさんの襟首を捕まえたと思ったら、グイっと持ち上げて肩に担ぐルグレッタさん。
もう逃がさないという意思をひしひしと感じる。
女性に対して思う事じゃないかもしれないけど、力持ちだなぁ。
ユートさんが細身で、男性の中でも体重が軽い方だからかもしれないけど。
「そ、そうなんだけどね。なんとなく、椅子に座って文字とにらめっこってのは性に合わなくて」
「私の前に、歴任していたお目付け役の方々の苦労が偲ばれますね……はぁ」
「えーっと、俺に頼んでいた事っていうのは?」
担がれながら話すユートさんは、まぁなんだかちょっと嬉しそうなので放っておくとして……俺の名前も出たので、溜め息を吐くルグレッタさんに聞いてみた。
「以前、タクミ様が作られた薬草の事で、少々折衝がありまして……」
「ふふーん。僕もやる時はやるんだよ~」
「やっていないからの、今の状況なのですが」
なぜか、担がれながら自慢げにしているユートさんはともかくとして、ルグレッタさんによると俺が以前作った消毒用の薬草、ジュウヤクに関してのやり取りが必要なのだとか。
やり取りと言っても、その相手がここにいるわけでもないので、手紙などでとなるみたいだけど。
ともかく、ジュウヤクを送った先で色々と量産するための設備を整えたり等々、折衝というか交渉というか、決める事や手続きなどがあるとかなんとか。
卵の消毒をして、国に広めるためとはいえ結構大きな事業になるうえ、実質的に動くのは別の人とはいえ主導したのはユートさんなので、始めるためにやり取りはしなきゃいけないと。
椿の事もあるし、ジュウヤクで消毒した卵を生のまま食べたい、という俺の要望もあるにはあるけど、言い出したのもやると決めたのもユートさんだ。
それを放り出すのはさすがにな……性格的に、真面目に仕事をするのが合わないとしてもなぁ。
まぁ、魔法に関しては教えて欲しいって俺から言った事だから、一部は俺のせいかもしれないけど。
でもルグレッタさんは講義が終わるまで待っていてくれたし、担がれて連れていかれるのも仕方ないな。
「そうでした。私からもタクミ様にお伝えする事が」
「ん、どうかしましたか?」
「ほら、ルグレッタもタクミ君に話しておかないといけない事があるんじゃないか。僕が抜け出したのも正解って事だね」
「今すぐに急いでというわけでもありませんので、後で落ち着いてお話できる時にと考えていただけです。ほら、暴れないでください! ――んんっ! タクミ様、椿の方ですが油の抽出に目途が立ったとの知らせが入りました」
「え、もうですか……? もっとかかると思っていたんですけど」
椿というのは、俺が『雑草栽培』で作ったんだけど、その椿から油を抽出……椿油を作る方法を、ユートさんに頼んで探してもらった事だな。
ジュウヤクの方もそうだけど、連絡が早いな……。
「この国で、ユート閣下と一部の方のみが使用できる連絡方法というのがありまして……軽い物程度でしか使えない手段ですので、手紙での連絡などに限られますが」
若干言葉を濁しているけど、ユートさんと一部というのはおそらく王族のみが使えるとかだろうか。
まぁ物や手紙を迅速に運ぶ手段に、何かちょっとした事があるみたいだけど、軽い物という事は人は運べないんだろうから俺が知る必要はないかな。
もし知る事ができても、使えないんなら意味はないし。
ともあれ、軽い物のくくりに椿やジュウヤクも含まれているんだろう。
「ユート閣下に任せておくと、とんでもないお方にまで遠慮なく頼みそうだったので、私が。……少々面倒なツテも頼りましたが、ユート閣下に任せておくよりは安心かと」
「ははは……そ、そうですか」
「僕に任せてくれていても良かったんだけどなぁ」
ユートさんは人脈を使ってと言っていて、エッケンハルトさん達が難しい顔をしていたのもあって、どんな人が関わってしまうのか戦々恐々としていたけど、ルグレッタさんが代わりにやってくれたのなら安心だ。
ちょっとだけ、面倒なツテというのが気になったけど……ユートさんだけに任せておくよりは、大ごとにならなくて良さそうだ。
「それで、目途が立ったというのは、椿油がすぐにできそうなんですか?」
「少々日数はかかるようですが、おそらくタクミ様が求めていた物ができているかと。近いうちに、試作品が送られてくると思います。本当に求めている物かどうかを、確かめる必要がありますから」
「わかりました。詳しいという程ではありませんが……」
一応、日本で使われていた椿油は見た事がある。
伯母さんが使っていたものだし、俺を引き取ってくれたあの家の洗面所や、伯母さんの化粧台などには置かれていたから。
好奇心から、手に取って嗅いだ事もあるし……なんとなくはわかると思う。
あとは実際に髪に付けて試して、とかだろうな。
とりあえず、想像していたよりも早く椿油ができあがりそうで、嬉しい限りだ。
使うのは俺じゃなくて、クレアや屋敷の使用人さん達だけど。
……ランジ村の奥様方にお勧めしてみても、いいかもしれないな。
ちなみに、さらにルグレッタさんに詳しく抽出法などを聞いたら、特に難しい製法ではなかったとの事だ。
というのも、椿油と同じように、植物から油を抽出する事はすでに行われているからだったとか。
そういえば、厨房にも植物油とかあったからなぁ……抽出して精製するのは、新しく特別な技術などを必要としなかったんだろう。
……食用の植物油と、椿油の抽出法が同じか俺は知らないけど。
何はともあれ、大きくは違わないんだと思う。
その後、担がれたままジタバタするユートさんを連れたルグレッタさんにお礼を言って見送り、エッケンハルトさん達の所に戻る。
ルグレッタさん、割と簡単そうにユートさんを担いで歩いて行ったけど、重くはなかったのだろうか? まぁ、全身に金属の鎧を身に着けたうえに荷物を持って森の中を歩く経験もあるらしいし、それよりは楽かな。
俺が戻った頃には、レオ達も満足するくらい魔法を使えたようで、フェンリル達がそこらにお腹を見せて転がっていたりと、弛緩した空気が流れていた。
一番緊迫していたのは、怒気を放っていたルグレッタさんとその近くにいる俺やユートさん達の所だったらしい。
何もない所にレオ達が魔法を放っていただけなので、俺達の所以外で緊迫感も何もなかったんだが。
ちなみにレオは、クレアとリーザ、それからリーザに誘われたデリアさんが撫でていて、満足そうにしていた……俺も撫でて癒されよう、ルグレッタさんの前ではあまり表に出さないようにしていたけど、あの雰囲気が怖くて緊張していたから――。
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