改良型の霧の魔法のようでした
クレアの方から聞こえる二度目の呪文は、なんとなく英語ではない響きだったな……フレイムって確かドイツ語だから、これはそちらで翻訳されて耳に届いているようだ。
意味としては「水と火と氷の要素を混ぜて、強い火の霧を!」ってとこかな? もしくは、火を強めた熱い霧とかのように翻訳された。
呪文の翻訳は、日本語で聞こえる事はないようだけど、何語で聞こえてくるかはその時々みたいだなぁ……わかりづらい。
まぁ大体の意味はなんとなくわかるけど。
あと、こちらもユートさんのようにちゃんとした文法ではなく、単語を並べたように聞こえるのは、翻訳の都合なのかもしれない。
とりあえず俺やユートさんのような地球から来た人が使う時のみ、言語の統一に気を付ければいいか。
こちらの世界の人にとっては、特に複数の言語を組み合わせているわけでもなさそうだからな。
「ん? ちょっと暑い気が……?」
クレアの手から広がる霧を眺めながら、呪文についてぼんやり考えていると、少し汗ばむくらいの熱気が辺りに広がっている気がした。
「気が付かれましたか? クレアお嬢様のあれは、ただ霧を発生させるだけではなく、熱のある霧なのです」
「熱のある霧……ですか」
俺のつぶやきを聞いたセバスチャンさんが、少しだけ嬉しそうな表情を覗かせながら教えてくれる。
……最近はあまり機会がなかったけど、説明できるのが楽しいんだろうな……マリエッタさんに関しては、あまり説明したくないようだったし。
「魔法の属性の話になりますが、水と火、そして氷の属性を加えてバランス良く発動する事で、霧が発生します」
「……まぁ、そうですね」
霧は水が水蒸気になり、さらに急速に冷える事で発生する現象だと、何かで習った覚えがある……学校だったかな?
まぁ空気中の水蒸気が単純に増えるだけでも発生するらしく、それで俺は水と火の魔法をかけ合わせて魔法で霧を発生させた事はあるけど、それはともかくだ。
「ただ霧を発生させるだけなら、氷はいらないのですが……どうやら冷やす方が効率よく、魔力の消費も少なく発生させる事ができるようです」
「成る程……」
今俺が考えた発生方法と同じやり方か。
現象としての理由は、セバスチャンさんでもよく知らない事みたいだが、ともかくそうして効率よく霧を発生させているって事だ。
「そして、さらに水を熱するための火の属性を強める事で、熱の高い霧の発生ができるようですな」
「ようですって事は、セバスチャンさんが教えたわけじゃないんですか?」
「はい。呪文や、加える属性などはクレアお嬢様と考えましたが……熱の高い、要は触ると熱い霧を発生させるというのは、クレアお嬢様の案です」
「そうだったんですか」
てっきり、ほとんどセバスチャンさんが考えたんだと思っていた……っていうのは、クレアに失礼かもしれない。
ともかく、熱するエネルギーを増やす事で、霧その物を高温にしたのか。
三つの属性……水と氷と近いけど、呪文では別にしているので魔力で三つ発生させている以上、三つの属性でいいだろう。
それを複合させて、熱い霧にするのはかなりバランスや魔力の操作が難しいだろうに。
「タクミ様に、褒めてもらいたいと必死に頑張っていまし……おっと、これは秘密でしたな」
「……」
わざとらしく、失言したと頭を下げて見せるセバスチャンさん。
多分、俺にクレアの頑張りをわかって欲しかったんだろうけど……セバスチャンさんに、秘密にして欲しい事を話すのはできるだけしないように気を付けよう。
まぁ、本当に言っちゃダメな事は言わないと信頼はしているけど。
「失敗した時には、手に酷い火傷を負う事もありましたな」
「火傷!?」
「タクミ様にバレてしまうので、すぐにロエで治療いたしましたが……いやはや、タクミ様が予備で多くのロエを公爵家に売って下さっていて、良かったですよ」
「あ~、そんな事もありましたね」
火傷と聞いて驚いたが、確かにクレアがこれまで手に傷を負っていたのは見た事がないから、ロエで治療したのは本当なんだろう。
以前、護衛さん達も含めて、公爵家やそれに連なる兵士さん達用に大量のロエを作った事があるが、多分それを使ったんだと思われる。
高価な薬草だから、護衛さん達はよっぽどの……それこそ後遺症が残りそうな怪我以外では、俺と同じように安易に使いたがらないようだから、有効に使ってくれたんなら良かったけど。
……護衛さん達には、いつでも補充できると言ってあるんだけどなぁ……まぁ少々の怪我では家が建つ程の販売額になるロエを、ポンポンと使う事はできないか。
自分で作れるのに、貧乏性な俺も同じくだし。
「まぁ、後で無理はしないように言っておきます」
「ほっほっほ、私共ではクレアお嬢様を止められませんから、是非ともお願いいたします」
なんとなく、セバスチャンさんがこういう話をした理由がわかった。
やる気になったクレアを止められないから、俺に無茶をしないように止めて欲しいと思っての事だったんだろうな。
乗せられてしまっている気がするけど、俺もクレアが無茶したり痛い思いをしたりはして欲しくないから、後で一応言っておこうと思う。
頑張っているのはいいと思うんだけど、ロエですぐに治療できるとはいえ、それでも怪我をするのは心配だから。
そんな話をしながら、クレアが手を降ろして霧が増えなくなった頃合いを見計らって近づく。
セバスチャンさんやライラさんは、さっき土が降って来たままになっているテーブルや椅子の掃除だ。
別方向から、合流して見守っていたエッケンハルトさん、エルケリッヒさん、マリエッタさんも霧に近づいているようだ。
俺のようにクレアの所にというのよりも、霧に興味がある様子に見えた。
「えーっと……確かに、霧に近づく程暖かく……というより暑くなるなぁ。クレアは大丈……」
「あ、タクミさん! 触らないで下さい!」
クレアの周囲に広がっている霧は、風に流されながら揺蕩っている。
その霧に手を伸ばそうとしたら、クレアから鋭く静止する声が響いた。
「うぇ!?」
思わず、伸ばしかけていた手を引く俺。
理由はわからないが、とりあえず霧には触れない方がいいみたいだ。
ただ……別の意味だとわかっていても、好きな女性から「触らないで!」と言われるのは胸が苦しくなる思いだな……。
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