写本にも違いがあるみたいでした
「あぁそうでした。タクミ様、知識の参考になるのでしたら……特に事実確認なども含めるのなら、できるだけ公爵家に関係する人物が写本した物を選んで下さい」
「そうなんですか?」
どの本にするか悩んでいると、後ろからヴォルターさんの声。
振り向くと既に十冊くらいの分厚い魔物図鑑を持っているので、さっそく当たりを付けて探してくれるところなんだろう。
ともかく、写本をした人を選ぶというのはどうしてだろう?
「写本は、原書よりも安くなりますが、それなりに売れます。ただ稼ぐ事を目的とする写本には、そうした人の意思とか解釈が入る事が多いんです。だから、より原書に近い売る目的ではなく学ぶために書き写した物がいいかと。そちらなら、多くが忠実に書き写されているので」
「成る程、そういう事ですか。だから公爵家に関係する人と」
つまり、伝言ゲームみたいに解釈とかが入って内容に歪みが起きる事があるって事か。
自分で書き写して量産すると、省略したりする事もあるみたいだし。
学ぶ時にはノートみたいに自分なりの記述をする物と、本を書き写す物では別々にすると聞いた事があるから、販売目的とは違って忠実に書き写されているんだろう。
本邸になんにしろ、図書室などで勉強する場合には他にも人がいて、ずっと本を貸してもらって見ていられるわけでもないみたいで、先に全て書き写してからという事も多いとか。
「貴族家では多い事なのですが、公爵家では特に使用人にも学ぶ機会を与えてくれます。ここは既に学んだ使用人が多いですが、本邸では時間の空いた使用人の多くが本を求めて図書室にいる事が多いんですね」
「へぇ~、そうなんですね。それは一度見てみたい」
「あまりいいものじゃありませんよ? 人が多くなればそれだけ騒がしくなりますし、本に没頭したくてもできない事も多いですから。その点ここは、本邸より狭いですけど他に人が来る事が少なくて、とてもいい場所です」
静かな図書室じゃないからってわけか。
確かにここは、今俺とヴォルターさんしかいないから他の誰かが話している事もなく、図書室特有の独特な……静謐な空気みたいなのがある。
人が多いと、静かに勉強していても雑多な音でなんとなく騒がしかったりするからな。
あと、こちらでは図書室では静かにといった、マナーとか暗黙の了解みたいなのもあまりないみたいだし。
「そうなんですね。じゃあ、本を読むにはここが一番と……まぁ、レオが探しに来そうなので、あまり長いはできませんけど」
ある程度は、俺がいなくてもリーザとか他の誰かと遊んでいてくれるだろうけど、ずっと図書室にこもっていたら、夜マリエッタさんと話していた時みたいに探しに来そうだ。
俺自身は多少騒がしくても本に集中できる質なので、部屋で昼寝するレオの隣で静かに本を読むとかの方がいいだろうな。
「レ、レオ様はここよりも外で走っていた方が、楽しいと思われるでしょうからね……はは」
多少はレオに慣れては来ているけど、やっぱりまだ怖いのか、ヴォルターさんの顔が引き攣った。
うーん、ヴォルターさんにとって聖域に近いこの図書室には、あまりレオを連れて来ないようにしておこう。
邪魔しちゃ悪いしな。
「とりあえず、写本した人物の名を見て、タクミ様の知らない人の場合は私に聞いて下さい」
「わかりました」
頷いて、従魔の本探しに戻る。
ヴォルターさんは、さっきまで使っていた机とは別の場所に棚から取った魔物図鑑を置き、そこで調べ始めるようだ。
「んー、従魔読本は……ってセバスチャンさんか」
ここまで見た中で一番参考になりそうな本は、セバスチャンさんが写本した物だった。
他にも、いくつか表紙だけを見てみるとセバスチャンさんや、知っている使用人さんの名前が。
原書以外も買い集めているようで、公爵家の使用人さん以外が写本したのもあるらしいけど、とりあえず多いのは知っている人が書き写した物のようだ。
まぁ、その公爵家から集まった本だから当然か。
「結構、同じ題名の物もあるんだなぁ」
従魔読本だけでも五冊ほど、写本した人は違うけど同じ題名の物をいくつか発見。
同じ題名の物で固まっているわけではないみたいだけど、何か棚に並べる法則でもあるのだろうか?
その辺りの事を考えるのも面白いかもしれないけど、今は参考にする本を探すのが先決か。
……ヴォルターさんとか図書室を整理してくれた使用人さんに聞けば、すぐわかる事だろうし。
「えーっと、この人は……」
「そちらは公爵家とは関係ありませんね。それでしたら、近くに昔使用人だった人の書いた本があるはずです」
「あ、ありました。ありがとうございます」
図書室の主、もとい司書のようになってくれヴォルターさんに、気になる本の写本をした人物名を聞く。
どうやら公爵家とは関係なく、販売用に書き写された物らしいので別の場所にある同じ題名の本を手に取る。
そちらも俺の知らない人の名があったけど、ヴォルターさんによると以前公爵家の使用人だった人らしい。
「お、これはエッケンハルトさんか。エルケリッヒさんとか、マリエッタさん。それにクレアのもあるんだ……クレアはこんな字を書くんだなぁ」
使用人さんだけでなく、公爵家の人達の名も発見する……棚の別の段で、従魔とは別の本だったけど。
原書は基本的に印刷された物なので、一定の文字が書かれているようだけど、写本は当然手書き。
それぞれパラパラとめくってみると、人によって文字の特徴とかもあってちょっと面白い。
特にクレアとエッケンハルトさんの文字が、綺麗なのが意外だった。
いや、クレアはわかるけど、豪快を地で行くエッケンハルトさんが繊細な文字を書くのは、イメージと違うから。
「っと、いけないいけない、脱線してた」
こういうのも、本が並ぶ場所の魔力とでも言うのか、ついつい面白そうな、興味をそそられる何かを発見して別の方向へ行ってしまう。
……ただ、俺の集中力がないだけかもしれないが。
「ふとした時に、目的とは別の面白そうな本を見つけるってのも、醍醐味であるあるなのかもしれないけど……うーん、あとはこれかな」
従魔読本とは別に、「従魔とは何か」という本と「主従の実態」、それから「今昔従魔の歴史」というのを手に取る。
それぞれ、写本した人の名を確認し、ヴォルターさんにも確認してもらい、公爵家の関係者の人の物を借りる事にした。
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