レオ達と茶番を始めました
「うーん、今日はこのまま夜の鍛錬は終わりかな? まぁ、たまには早めに休むのもいいかもね」
「もう少しやりたかったですけど……父様には巻き込まれたくありません」
庭と屋敷を行き来するための出入り口、その扉を閉めてもなお聞こえて来るマリエッタさんが、エッケンハルトさんを叱っている声。
それを聞きながら、ティルラちゃんと顔を見合わせて苦笑。
素振りなどの鍛錬は続けられそうにない雰囲気なので、切り上げる事にした。
「様子を見に来ただけでしたけど……タイミングが悪すぎました」
「少々、大奥様のお体が心配ですが、仕方ありません。皆様、私はこのまま収まるまで見ておりますので、先にお休みください」
溜め息交じりに言っているのは、クレアとセバスチャンさん。
もう少し早いか、エッケンハルトさんがマリエッタさんの事を言い終わった後だったら、こんなことにはならなかったんだけど……ある意味、エッケンハルトさんはそういう星の元に生まれたというかなんというかだ。
とりあえず、屋敷に入っても見当たらないレオとリーザは部屋に戻っていると思われるので、俺達もセバスチャンさんに任せてその場を離れる事にする。
セバスチャンさんが言うように、ここにきて怒る事が多いマリエッタさんの血圧が心配だけど……血圧を下げるような薬って、あったかな?
「それじゃ、タクミさん……」
「あ、ちょ、ちょっと待って。動いて汗かいたから、今はさすがに……!」
ティルラちゃんと別れ、部屋の前まで戻ると、クレアがいつものハグを求めるように俺の顔を見上げる。
引き込まれるようにハグをしようとして、さっきまで汗をかいている事を思い出して、すぐに離れた。
男でも、やっぱり汗の匂いを嫌がられたりはされたくないものだ、今日のところは待ってもらうか、断念してさっさと汗を流しに行こう。
「私は、それでも構いませんのに……」
自室に入る直前、後ろからクレアの声が聞こえた気がしたけど、とにかく急いで準備をしてお風呂へと向かう。
着替えなどを持って廊下に出た時には、クレアは既に部屋へと入ったのかいなかった。
なんとなくいつもの日課をしない事での罪悪感が湧いたけど、仕方ない。
ちなみに、部屋に飛び込んできた俺を見て、レオやリーザ、それと一緒にいてくれたライラさんが驚いていたけど、クレアの事でいっぱいだったのであまり気にならなかった――。
――汗を流して再び部屋に戻……る前、頃合いを見計らっていたのか、クレアが部屋の前に出て待ってくれていたので、ハグをする。
「石鹸の匂いですね」
「まぁ、お風呂上がりだから」
抱き締めた腕の中でポツリと呟くクレア。
そのまんまだけど、お風呂上りでまだ汗の匂いが残っていたわけじゃなくて、少し安心した。
ただ、呟いたクレアの声が少しだけ残念そうに聞こえたのは、俺の気のせいだろうか? もしかして、汗を流さない方が良かったとか?
いやいや、まさか貴族のご令嬢が男の汗臭さが……なんて事はないよな、うん。
そんな事がありつつ、クレアと就寝の挨拶を交わしてお互い自室へと戻る。
お風呂に入る前、驚かせてしまったレオ達に謝りながら、ライラさんにマリエッタさん達はセバスチャンさんが見ていると伝えておいた。
そして、少しの間リーザ達と和やかに話した後……。
「ふっふっふ、観念するんだなレオ。これが見えないわけじゃないだろう?」
「ワウゥ……」
右手に持った、俺の手の平よりも大きなブラシをレオに見せつけつつ、口角を上げて不敵な笑みを浮かべ、ジリジリとレオに近付く。
ノリがいいレオは、尻尾を振りながらもしょんぼりした表情を作り、俺に合わせて後退り。
意外かどうかはともかく、こういう事にはちゃんと乗ってくれるんだなぁレオ。
「嫌がっていても、尻尾は正直だ。 ほら、パタパタと振れているぞ?」
「ワ、ワフ……」
にじり寄りながら、ブラシを振って近付く俺。
尻尾の動きはレオ自身にも制御は難しいのか、指摘されてもなおパタパタと振られている。
と、そんな時だった、俺とレオの間に躍り出る小さな影が!
「パパ、ママをいじめないで!」
「ワ、ワフ!?」
リーザが、両手を広げて乱入。
言葉のわりに、笑顔だしレオと同じく尻尾が揺れているから、この茶番を遊びと捉えて楽しむつもりのようだ。
ふむ、それなら。
「おっとリーザ、止めてくれるな。それともまさか、リーザが先に犠牲になりたい……というわけではないだろう?」
「……マ、ママはリーザが守るの! だ、だからリーザが先にパパの餌食になる!」
「ワフ……ワウ」
「餌食とか、どこで覚えたんだ……おっと。ふぅむ、その心意気はいいが、リーザの相手は俺ではないのだよ」
結構人聞きの悪い事をリーザの口から言われたが、気を取り直してブラシを見せつけながら、リーザの横を通ってレオへと向かう。
レオはリーザがかばってくれる様子に、何やら喜んでいるようだ。
茶番だとわかっているけど、そこはもう少し悲壮感を出した方がいいぞレオ。
なんて、心の中で伝わらない演技指導を呟く。
「駄目、駄目なのパパ! ママの代わりに私が!」
レオへと近づく俺を、横からリーザが抱き着くようにして止める。
実はリーザって、結構演技派なのか? 役への入り込み方が凄い……将来は女優になれるかもしれない。
……演劇くらいはあっておかしくないと思うけど、リーザが女優になりたいのかはわからないが。
「えぇい、邪魔をするな! リーザの相手は俺じゃないのだ! ライラさん!」
抱き着いているリーザを振り払う真似をしつつ、様子を朗らかに見守ってくれていたライラさんを巻き込む。
即興で始めたはいいけど、そういえばライラさんもいたんだったと思い出し、ちょっと恥ずかしかったから、ついでに巻き込んじゃえと考えた結果だったりする。
まぁリーザの相手がライラさんだってのは、間違いじゃないし。
「畏まりました。――リーザお嬢様は、私が担当するのです。旦那さまから離れ、観念して下さいませ」
これまたライラさんもノリが良く、表情を抜け落として目を細め、俺の持っている物よりは幾分か小さいブラシを片手に、リーザへとにじり寄った。
レオと目配せくらいはしたけど、特に打ち合わせもしていないのにここまでやってくれるとは……さすがライラさんだ。
「いや! 離して! リーザはママを、ママを助けるの!」
「おとなしくするのですよ、リーザお嬢様」
ライラさんがリーザを抱き寄せ、暴れる振りをして実際は言葉と裏腹に、尻尾を振りつつおとなしくついて行く――。
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