物々交換で交渉成立しました
俺やクレアが感心するマリエッタさんによるニャックの交渉。
購入ではなく物々交換という手段はもしかしたら、備蓄食料を放出して他の物を買えばいいというだけで済ますよりも、別の物を提示して交換する方が心理的なハードルが下がるのかもしれない。
特に、お金儲けよりも村の皆の事を考え、もしもに備えている人相手ならば。
商人とか、儲ける事を第一に考えている人に対しても、同じように通用するかはわからないが。
それに、得たお金で別の物を買うよりも、交換の方が一つ手間が省けるからな。
いや、どこか別の街や村に買い付けに行くなどもあるから、二手間以上省けるか? ちょっと近所のスーパーまで買い物に行くとかじゃなく、数日はかかる行程だし。
多分マリエッタさんは、その辺りの事もよくわかっているんだろう。
「……母上の交渉術は、相手に損をさせず、だが母上は最大限望む通りの利益を得られるよう導かれるのが大体だ。もちろん、全てにおいて相手が損をしない、こちらが利を得るだけという事はしないのだがな。それをしてしまうと、公爵家としての信頼も損なわれかねん。まぁ、だからこそそうできる場合にのみ母上がやるのだが」
要は、勝ち戦しかしないから負けない、というような事だろうか。
マリエッタさんが勝って、最大限の利益を得られるとしても相手にほぼ損をさせないのなら、やりこめられた悔しさはあるかもしれないが、恨まれたりする事は少ないだろう。
逆恨みとか、人の恨みなんてどこでどう発生するかわからないから、それでも絶対ないとは言えないが。
とりあえず、今回のマリエッタさんにとって最大限の利益というのは、ダイエット食品になり得るニャックを食べ続けられるようになる、といったところだろう。
「お父様も、お婆様に随分厳しく教えられていたらしいのですよ、タクミさん」
「ははは、そうなんですか」
もしかしたら、これが公爵家が商売をうまくやれて、信頼されつつも利益を得ている一端なのかもしれないな。
なんて、苦笑しながら教えてくれたエッケンハルトさんと、同じく苦笑しているクレアさんを見て思った。
エッケンハルトさんは、厳しく教えられたとクレアが言った時に、一瞬だけ顔を引きつらせていたけど。
フィリップさんが、エッケンハルトさんによる訓練で泣いてしまうのに近い雰囲気を感じた。
「小麦などは、ラクトスの街で買っていたのでありがたいのですが、他にも……」
「では、小麦だけでなく……」
「そうですね、魔物の肉から燻製肉も作っておりまして。そこから……」
「であれば、ブレイユ村近くでは入手が困難な肉などで、新しく作るのも……」
等々、俺達を余所に進むマリエッタさんとカナートさんの交渉。
交渉というか、もう何をどれだけニャックと交換するかの話になっているけど、量に関しては詰める必要がありそうだった。
ともあれまとめると、小麦などの備蓄食料をブレイユ村に渡す代わりに、現在備蓄されているニャックを放出する。
その際、ニャック数から予想される食事数……要はどれだけの日数をしのげるかというわけだけど、その日数よりも少し多めの備蓄食料を渡す事。
村の人達を不安にさせてはいけないので、先にマリエッタさんからの備蓄食料をブレイユ村に運ばせ、それと交換する形でニャックを出す。
マリエッタさん自身、大事な備蓄食料を放出する事の重要さや、無理を通そうとしているのはわかっているので、カナートさん達が歓迎するとしても、しばらくは待つ事を了承。
ブレイユ村に持っていく物の用意や、そこからニャックの輸送などもあるから、それなりに日数がかかるわけだからな。
話を聞いていて、ブレイユ村にはほとんど損がない事がわかったが、多分これがエッケンハルトさんに言っていた事でもあるんだろう。
マリエッタさんは自分が、もしくは自分達がニャックを食べられる環境になる、という最大限の利益……と言えるのかはともかく、目的を引き出してもいるし。
なんにせよ、どちらにとっても大きな損失はなく、笑顔で交渉を終えていた。
「ハイディ、聞いていたわね? 至急手配するように」
「畏まりました、大奥様」
緊張していたのもあって、疲れた様子でデリアさんに労われているカナートさんを余所に、交渉を終えたマリエッタさんは、後ろに立って待機していたメイドさんに指示を出す。
ハイディさん、マリエッタさんのメイドというか使用人さんで、一緒に来ていた人の一人で、俺やクレアが客間でマリエッタさんと話していた時にもいた。
エルケリッヒさんの使用人でもあるらしいけど、マリエッタさん専属になっているらしい。
そのハイディさんは恭しくマリエッタさんに礼をした後、俺達にも礼をしながら屋敷へと入って行った……夜だけど、各所との連絡を取るために行ったみたいだな。
なんとなく、無表情というか表情が薄い人ハイディさんは、感情が表に出ない印象で、ほんのりとライラさんに雰囲気が似ている。
真っ直ぐ腰まで伸びた黒髪が、ライラさんと同じだからかもしれない。
顔や声などは全然違うんだけど……似ているからと言って、実は親戚筋だとかそういう事ではないみたいだし。
「ではあなた、それからハルトも。私達も行きますよ?」
「え、は? ど、どこへだ?」
「わ、私もですか母上?」
ハイディさんが去った後、すぐに立ち上がったマリエッタさんが、エルケリッヒさんとエッケンハルトさんを促す。
ただ二人は、急に呼ばれて戸惑うばかりだ。
「何を聞いていたのです。ブレイユ村で現状作られている芋の量では、これから先多くなると思われる、ニャックの需要に対して、不足するでしょう? そのための対策と相談に決まっています」
「ま、まぁ、確かにそれはそうだが……」
マリエッタさんは、ニャックを増産するため村での作物に関しての相談をしたいみたいだ。
現状はなんとかなっても、もしニャックの需要が高まったら、今のブレイユ村の生産量だけじゃ間に合わないからだろう。
他の村で作付けをして生産するか、それともブレイユ村で増産するよう働きかけるか……。
要は、領主家として話し合わなければって事だ。
ダイエットの話が発端みたいなニャック一つで、随分と大きな話になったなぁ。
それだけ、女性にとっては重要な事なのかもしれないけど。
まぁ、ブレイユ村でもそうだけど燻製肉などの他にも、備蓄する食糧の種類が増えるのは悪い事じゃないか――。
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