突発的に交渉が始まりました
「成る程、それなら多少は融通が利きそうね……」
「マリエッタさん?」
「無理は言いませんよ、タクミさん。けれど、非常食として作られているなら、それはそれで交渉の余地はあるというものなのです」
「そ、そういうものですか?」
心配顔になっていたのだろうか? 俺に微笑みかけたマリエッタさんは、何やら考えがある様子だ。
非常食という物は、備蓄していてこそだから交渉して引き出すような事は、それこそ無理強いするようになるんじゃないか? と俺なんかは考えて、交渉はできないと思ってしまうんだけど。
「カナート、と言ったわね?」
「は、はい!」
鋭くカナートさんを見据えて呼びかけるマリエッタさん。
緊張して、直立するカナートさん。
「出荷量の調整などは、あなたと交渉する……でいいのかしら? エルケの話や様子から、ここで交渉したように思うのだけれど?」
「は、はい、その通りでございます! 村の者達から、ニャックが出荷できる量と、その調整を任されております!」
「……ならば、非常食として村で備蓄されている数も把握しているわね?」
「も、もちろんです!」
急に始まったニャックの交渉。
とはいえ、マリエッタさんが優勢というか……状況的にカナートさんは無理を言われても、断れないようになっている。
公爵家の面々が勢ぞろいしているわけだからなぁ、領民としては何を言われても断って印象を悪くしたくないだろう。
とはいえ、俺の心配は特に必要なく、見守っている皆も緊張するカナートさんを苦笑で見ているだけだった。
心配が必要なくなった理由は、こっそりクレアが俺に「お婆様が無理難題を吹っ掛ける事はありませんから、安心して下さい」とか「あくまで交渉で、公爵家としてお願いすれば通ってしまう事も、お婆様はわかっておられますから」と、教えてくれたからだ。
その言葉通り権力云々は関係なく、マリエッタさんは備蓄してあるニャックも売れ、などとは一言も言わなかった。
カナートさんが交渉の窓口となっている事の確認や、数を把握しているとわかった後は、ブレイユ村の畑などの様子を聞いていたくらいだ。
ここからどう持っていくのだろう?
「成る程……では、ブレイユ村では小麦などの栽培はしていないのね?」
「はい。各家庭でそれぞれ欲しい物の作物を作っていますが、村としては数種類の野菜を作っています。多くは芋類ですが」
すっかり、という程ではないけど、話していくうちにある程度緊張が解れた様子のカナートさん。
マリエッタさんが無理難題を吹っ掛けない事や、柔らかく微笑んで話を進めているうえ、エルケリッヒさん達が雑談を始めてある程度注目が逸れたからだと思われる。
これもある意味、相手をこちらに引き込む手段なのかもな……エッケンハルトさんやエルケリッヒさん、使用人さん達やユートさんも含めて、ちょっとわざとらしく別の話をしている節があるし。
マリエッタさんとカナートさんの話を邪魔しないよう、ちょっと小声だったりもするから。
多分、不必要な圧を掛けないとかそんな考えな気がする。
まぁクレアはマリエッタさんの話を聞き逃さないよう、集中しているけど。
薬草や薬の販売のため、これからクレアも交渉する事が多くなるわけで、その手本として周囲の雰囲気造りなども含めて参考にしようと考えているのかもしれない。
……周囲の雰囲気は、本当に参考になるかは微妙だけど。
「ニャック以外の備蓄食料が望めないのなら……そうね。他の備蓄食料を、村の者達が欲しがったりはしないかしら?」
「それは、その通りです。非常食とはいえ、保存にも限界があり余った物はこれまで村の者達で消費していました。売り出すようになったのはここ最近の事で……まさか、これ程まで皆様に求められるとは思いませんでしたから」
視線を、ニャックを食べている奥様方へと向けながら答える、カナートさん。
「成り立ちがもしものための物なら、それはそうよね。では、ニャックの効果はともかく味に飽きていると……」
「はい。ニャックその物は特別美味しいという程でもありませんので。私もそうですが、小さい頃から食べ慣れ過ぎていて……美味しいのは美味しいのですが、備蓄分を消費する時には、村の者達から不満の声は上がります」
まぁ、色んな料理に合わせられるとはいえ、ニャックその物はどちらかというと淡白な味だからなぁ。
好きな人もいるだろうし、美味しいんだけどそれだけを食べる、しかも子供の頃から繰り返しとなると、飽きて不満を言う人が出るのも仕方ないか。
だから、他の作物や木材とはまた別の収入源に、少しでもなってくれればと売り出しはじめたんだったかな。
「では、ニャックに代わる非常食。備蓄できる食料と交換する、というのはどうかしら? 小麦を作っていないのであれば、小麦でもいいわ」
「小麦と……ニャックを放出する代わりに、小麦や他の食料で補うという事ですか」
「……購入というより、物々交換をするわけかぁ。成る程」
「本来は購入する事で村の収入となりますけど、交換という手段を交渉する事もあります。もちろん、相手がそれを良しとするかはその時々ですけれど……さすがお婆様です。ブレイユ村の状況やニャックに対する感情を考えて、相手が頷ける条件を引き出しましたね」
マリエッタさんからついに出された要望に、考えている様子のカナートさん。
俺から見ると、かなり乗り気で今にも頷くのではないかと思われる。
そんな二人を見て、食料や商品の交渉と言えばお金を払う側と物を売る側、としか見ていなかった俺は感心してしまう。
そんな俺の様子に気付いて、クレアが解説してくれた……近くでセバスチャンさんがうずうずしていたけど、そちらは見ない事にしよう。
「物を購入する交渉と思ったけど、交換するための交渉だったってわけだ」
「そうなりますね。私も、最初はお婆様の様子から、価格を上げて購入するのだと思いましたが……」
俺のイメージだけど、こういった交渉は大抵価格を低くして買いたい側と、できるだけ高く売りたい側で交渉する物だと思っていた。
要は、値切り交渉だな。
まぁ安く買い叩くつもりはマリエッタさんにはなかったようなので、購入したお金で別の備蓄食料を買えば、という手段もあったわけだけど――。
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