驚きが少ない事を驚かれました
「私は全てを見たわけではありませんが、長年スラムの者達と大奥様が渡り合っていた……それこそ、他家の貴族や公爵家の関係者でも驚くくらいでしたが」
「渡り合っていたんですね、それはそれで凄いですけどね」
平民でも貴族との結婚はあり得るらしいから、マリエッタさんがどういった生まれかはわからないけど、それなりにいい所のお嬢さんだったのだろうというのは、仕草や雰囲気の上品さから伝わってくる。
そんな、良家の子女だっただろうマリエッタさんが、スラムの荒くれ者達と渡り合っていたというのは想像がつかない……けど、それも庭から響く怒号によって、無理矢理納得させられる感はあるんだけど。
「そして、スラムの者達と渡り合ったその結果が、今の大奥様です、もっとも、それだけがというわけではないようですが……お怒りになられた際の大奥様は、いつしかあぁした口調になったわけです」
「えーっと……」
「つまりですね……」
要は、スラムの荒くれ者達の荒い口調が移った、と言うように受け取って差支えがないという事みたいだ。
というより、上品な言葉遣いではスラムの人達はおとなしく話を聞いてくれなかった、という事でもあるらしい。
まぁそうだよな、自分達の住処を奪われかねないのだから、スラムの人側もおとなしく上品な女性の言う事なんて聞いていられない。
だから、実際の腕っぷしはともかく口で言い負かす、威圧する、圧倒する必要があったわけだ。
マリエッタさんではなく、誰か別の人に任せたり、そういう事が得意な人はいなかったのか……と思わなくもないけど、セバスチャンさん曰くマリエッタさんが自分でと聞かなかったそうだ。
もちろんの事ながら、武力を手段として使う際にはマリエッタさんではなく、エルケリッヒさんが出たらしいけども。
なんというか、人に歴史ありというわけか……使い方が合っているのかわからないけど。
「大奥様も前もって、タクミ様にお耳汚しをと仰っておられたように、大奥様自身も、そして公爵家としても外聞がよろしい事ではありません。ですから、この事はあまり説明するのに気乗りしないのです」
「あぁ、だからですか……」
セバスチャンさんが、なんだか説明なのにどちらかというと嫌そうな雰囲気を出していたのは。
まぁそうだよな、話によれば半隠居状態らしいけど、先代公爵の奥様が荒くれ者と言われてもおかしくないような口調で怒るとか、その理由とか、広がって欲しくないだろうし。
「って、知っているエッケンハルトさん達だけならともかく、結構な人が庭にいるはずなんですけど……いいんですか?」
事情を知っている人達はまぁいいとして、俺はセバスチャンさんに説明するように任せたから、いいんだろう。
フェンリル達などは、人間の貴族家の外聞だとかはどうでもいいだろうからこれも除外するとして。
でも、薬草畑の従業員さんの一部とか、結構庭には人がいる事が多いし、今もそうなんだけどなぁと思い、セバスチャンさんに聞いてみる。
「大奥様が知られてもよろしい、と判断しての事でしょう。多少、頭に血が上っている可能性もありますが……」
「でもお婆様のあれ、一部の民達の間では親しみやすいと評判だったりするんです」
「飾らない貴族家の女性として、そういう意見も多いようですな。もちろん、見た事聞いた事のある方は限られていますが」
「そ、そうなんですか……」
確かに、庶民からすると上品で近寄りがたい人よりは、マリエッタさんの方が親しみやすい、かな?
結構、酒場とかにいそうではあるし……俺の偏見かもしれないけど。
「でもタクミさん、お婆様のあれを聞いてもあまり驚かないのですね?」
「いや、驚いてはいるんだけどね?」
「確かに、表情には出ていましたので驚いているようにお見受けしましたが……初めて見る方はもっと驚くものと」
十分驚いているんだけど……と不思議そうにこちらを見るクレアに返したけど、セバスチャンさんが言うにはやっぱり顔には出ていたみたいだ。
ただ、クレアやセバスチャンさんが想像していたよりは、俺が驚いていないという事らしい。
「普段のお婆様を見た後だと、何が起こったのかと混乱する人が多いんですよ。豹変、と言っても差支えがない変わりようですからそれなのに、タクミさんは冷静にセバスチャンの説明を聞いていましたから、てっきり」
「そうですな。人によっては、騙されたと疑う方もいるようですから……」
「騙されたとまではさすがに……まぁ、どちらかというと、俺は上品な話し方とかよりも今も響いているマリエッタさんの口調の方が、少しはなじみがあると言うか……」
さすがに、直接あぁ言った口調の人と接した事はほぼないが、ないわけではない。
今怒っているマリエッタさんのように、荒い言葉遣いになる人もいるし、素で荒い人だっている。
それに、テレビだとか漫画だとかで、演技にしろなんにしろ口調としてはそれなりにありふれたものでもある気がするし。
むしろ敬語とかはまだしも、アンネさんのような貴族のお嬢様的な口調だったり、セバスチャンさん達使用人さんのような、丁寧な口調の方が馴染みがない。
俺自身、別に上流階級の生まれとかではない一般庶民だからなぁ、
全くないわけではなく、こちらも漫画とかで読んだ事くらいはもちろんあるけどな。
「荒くれ者が多いとかではないんだけどね……むしろ、おとなしい人の方が多かったと思うけど」
日本で生まれ育ったから、表面上は荒い人とかは少なかった方だと思う。
ただそれでも、同年代の友人間では多少荒い口調での会話くらいはあったからな。
いい事じゃないとは思うけど、口喧嘩とかもあったし。
「もちろん、ラクトスとかみたいなスラムとかじゃなくて、治安の悪いところは少なかったんだけどね」
「……なんだか、不思議な場所に思えてきました。口調は荒くてもおとなしい人が多く、治安がいいなんて……」
「んー、ある程度成熟した社会だから、というのもあると思う」
日本人の民族性とかもあったかもな。
それでもいろいろと問題はあったし、俺がいなくなった後も別の問題が噴出したりはしているんだろうけど。
それに、治安が悪い所も日本にだってあったし……少ないけど。
まだまだ発展途上で、魔物もいるこの世界では、なかなか想像できない事なのかもしれないと、クレアの反応を見て思った――。
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