久し振りにセバスチャンさんの説明を聞きました
「タクミさん達の事は任せたわ、セバスチャン。驚くでしょうから、説明しておきなさい」
「はい、畏まりました。大奥様の事、説明させて頂きます」
「えぇ。それでは……んんっ!」
「……一体、何が……?」
呆気に取られている俺を余所に、セバスチャンさんに命じて、マリエッタさんは屋敷から庭へと出て行った。
途中、咳払いしていたのは、自分が来た事をエルケリッヒさん達に示すためか……いや、喉の調子を整えるためっぽかったかな。
気になったのは、説明と言ったのにセバスチャンさんが喜ぶ様子が感じられなかった事だけど、その理由はすぐにわかった。
「エルケ!! ハルト!! てめぇらこんなとこで何してんだ、あぁ!? 妻が、母が倒れたんだから、心配するのが筋ってもんだろうがぁ!!」
マリエッタさんが庭に出てから数秒後、とんでもない怒号が出入り口にいる俺達のもとへと届いた。
ちょっとだけ、空気の震えでビリビリとした気がする。
「えぇ……?」
間違いなくさっきまで話していて、上品に笑っていたマリエッタさんの声だった。
その声量、迫力、そして言葉遣いも、さっきまでの上品で気品溢れる様子は微塵も感じられない。
ついつい、戸惑う声が俺から漏れるのも仕方ないと思う。
「ひっ!? マ、マリエッタ!? な、何故ここに! ここにはフェンリルが……」
「は、母上様!?」
「きゃぴっ!」
続いて聞こえてきたのは、エルケリッヒさん、エッケンハルトさん、ティルラちゃんの声。
こちらから向こうは見えない位置だが、驚き恐れ慄いている様子がわかる声だった……ティルラちゃんは完全に巻き込まれた形だな、かわいそうに。
後でレオやリーザ達と一緒に、慰めようと思う。
「マリエッタ!? 母上様!? じゃねぇんだよ、間抜けな声出しやがって!!」
エッケンハルトさん達の叫び声に続いて、再び聞こえるマリエッタさんの怒号。
さっきまで、厳しいながらも穏やかな女性なのかな、と思っていたのが全部吹っ飛んだ。
「え~っと……?」
「やはり戸惑いますな。私も久し振りに聞きましたが……お年を召して尚、迫力が増しているようです」
驚き戸惑うだけの俺に対して、目を閉じながら何やら頷いているセバスチャンさん。
年を召してというのは、年齢が上がってさらにという事だろうか……マリエッタさん、凄いな。
「はぁ、私は……というか、アンネが本邸に来た時、私と共にお婆様に叱られた事がありますから、経験はありますが……やはり凄まじいですね」
「アンネさんもなんだ……」
そういえば、昔はティルラちゃん以上にお転婆だったらしいクレアは、領地が隣なためアンネさんと会う事も多かったらしいけど……そんな事があったのか。
聞いた話によると、クレアとは別方向でイタズラというか何かをやらかす事が多く、その時の事だと思う。
クレアはマリエッタさんの事を、自分には甘いと言っていたけど叱る時はちゃんと叱っていたんだな。
「さて、タクミ様。驚きになりましたでしょうが……一応説明させて頂きます。このままでは大奥様を気性の激しい女性、と見られてしまうでしょうから」
「いえ、まぁ、そこまでではないですけど……お願いします」
説明をする、というセバスチャンさんにとって一番の楽しみなのにもかかわらず、気乗りしない様子ではある。
けどマリエッタさんの変貌ぶりはすさまじく、ここでこうして話している間も、エッケンハルトさんやエルケリッヒさんをののしる叫び、というか怒号が何度も響いている。
マイクや拡声器を使わず、肉声で体に空気の震えが伝わる程というのは相当だ……。
「まぁ、気性が激しいというのは間違いではないのかもしれませんが……大旦那さまから、大奥様はスラムへの対処などを進めていたと話されておりましたね?」
「はい、そうですね。エルケリッヒさんよりむしろ、マリエッタさんの方が前面に出ていたと」
大きな街に、必ずではないにしろできてしまうスラム。
その縮小やなくす事を、当時公爵家の当主だったエルケリッヒさんよりも、マリエッタさんの方が積極的だったと以前聞いた。
まぁ、エルケリッヒさんも対処の必要があれば、出て来ていたようだし、マリエッタさんに任せっきりというわけではないみたいだけども。
「スラムの対処というのは、一概には言えませんが……複数の街で大小様々であり、簡単にできる事ではありません」
「……まぁ、そうでしょうね」
犯罪者の溜まり場になっている事もあるし、街が抱える根本的な問題が原因だったりする事もある。
ラクトスでは流出も多いが、外部からの人の流入が多くて、スラムのような場所に流れ着く人が多いみたいだけど……逃げている犯罪者がいないとは言わないけど、他と比べて規模はともかくそういった人物は少ないようではある。
それでもやっぱり、治安は悪い方みたいだが。
その対処だから、全ての場所で通じる方法なんてあってないようなものだし、あるとしても武力で解決とかだろう。
強制的にやれなくもないけど、そうするとスラム以外からも反発を招いてしまう恐れだってある。
街の根本的な問題が原因だったら、強制的な対処はスラムだけにとどまらないし。
まぁ、武力解決が全て悪いわけじゃないけどな……セバスチャンから聞いた過去では、そういう事もあったし、それが良い方向に行ったりもしたみたいだから。
要はどの方法でも使い方次第だろう、根気よく話し合って進めるのがいい時もあれば、強制的に排除するのがいい時もある。
「その中で、スラムにも有力者というのが出て来るわけです。そうですな、タクミ様にわかりやすく言うならば、ディームのような者です」
「ディーム……成る程」
スラムを取りまとめる人物とか、リーダーみたいな存在だな。
「そういった人物とも、大奥様は直接交渉をしたり、話し合ったりする機会がありました。もちろん、危険を伴う事ですので万全を期してですが」
ディームのように、腕っぷしがっ立って相手が誰かとかは関係なく、襲い掛かって来るのだっているだろう。
それ以外でも、何かしらの危険があってもおかしくないからな。
公爵家の奥様が直接というのは驚きだけど、ティルラちゃんの事を考えるとそういう気質の一族なのだと思わされる。
まぁ、セバスチャンさんが万全を期してと言っているように、絶対に危険な目に合わないように準備を怠る事はなかったんだろうけど――。
読んで下さった方、皆様に感謝を。
別作品も連載投稿しております。
作品ページへはページ下部にリンクがありますのでそちらからお願いします。
面白いな、続きが読みたいな、と思われた方はページ下部から評価の方をお願いします。
また、ブックマークも是非お願い致します。







