クレアとの約束を守りました
「はい、まずは一つ目の文字を覚えたので、それを書いてみましょう」
「わかりました!……んー?」
デリアさんの言葉に従い、ペンを持ったリーザは、だけどすぐに首を傾げる。
何度か、紙にペン先を当てていたようだけど、どうしたんだろう?
「どうしましたか?」
「これ、どうやって使うのかわかんない……です……」
「あー、そこからかぁ」
デリアさんとリーザのやり取りを見ていて、思わず声を漏らす。
そういえばリーザは、読み書きができないのもあってペンとインクを使った事がなかったな。
文字を書けないのに、使わないのは当然だけど……それくらいは、先に俺が教えておくべきだったか。
「これはですね、ペンの先を少しだけこちらのインク壺に……」
「んっと……こうして……あ、書けた! ました、デリア先生」
「インクが足りなくなったら、また付けて……」
ペンの使い方を教えるデリアさんと、最近はほぼ使わなくなっていたので不慣れな感じのする、敬語に言い直すリーザを見て、微笑ましさに口元が自然と綻ぶ。
おっと、このままずっと見ていてもいけないな。
見ていたくはあるけど、俺にも他にやる事があるから。
「すみません、ジェーンさん。後はお願いします」
「はい、お任せ下さい」
目でデリアさんに挨拶した後、そっとリーザの部屋から出て廊下で待機してくれていたジェーンさんに、後の事を任せて俺は執務室へ。
ジェーンさんには、勉強の合間の休憩の時お茶を淹れたりと、デリアさんとリーザの事を頼んである。
根を詰めてずっと勉強をしても、きっと効率が悪いしな。
「あ、タクミさん」
「クレア。どうかしたかい?」
「いえ、ちょっとセバスチャンと話す用があったので、今戻ってきたところです」
「そうなんだ」
執務室に入ろうとしたところで、階段を降りてきたクレアに声をかけられた。
何やらセバスチャンさんに用があったらしく、三階の使用人室へ行っていたらしい。
使用人室は執事さんとメイドさんで別れている。
ちなみに、屋敷の主人である俺の部屋やクレアの部屋が最上階ではなく二階で、使用人さん達が三階なのは、地位が高い程上の階になるという考え方とは違う理念で屋敷が建てられているかららしい。
単純に、各階の天井が日本家屋とは比べ物にならない程高いため、三階に上がるだけでも階段が段数が多いせいで疲れるからっていうのもあるようだけど。
防犯というか、魔物もいる世界で高い場所というのは必ずしも有利になるわけでもないようで、様々な観点からもしもに備えた場合二階がベストだとか。
まぁ、四階や五階など、建物の階数が増えればまたちがってくるみたいだけども。
「あ、そうだ。よしよし」
「え、あ……タクミさん、き、急にどうしたんですか? 嬉しいですけど……」
さっきデリアさんを撫でた時の事を思い出し、クレアの頭に手を伸ばし、綺麗な髪を指に絡めながら、優しく梳くように撫でた。
恥ずかしかったのか、頬を赤く染めてもじもじとするクレア……ちょっと突然過ぎたか、気を付けよう。
嬉しいとも言ってくれるので、今回だけは許してもらおうかな。
「さっき、ニックとフェルを見送った時にね、デリアさんが泣きそうに……いや、泣いていたかな? まぁそんなわけで、頭を撫でたから。前の約束の通りに、ね」
空いている方の手で、自分の頬をポリポリとかきながらクレアに説明。
なんだろう、今更気付いたけど……さっきからデリアさんといいクレアといい、女性の頭を撫でるという事を平気でやっている俺は、どんなスケコマシかと。
ユートさん辺りが見ていたら、もっと早く気付けとか、他にも色々言われてからかわれそうな事に、何故今頃気付いたのか。
最近、クレアと触れ合う事が多くて色々マヒしてしまっているのかもしれない。
それでも、傍から見られてどう思われようと、俺自身が恥ずかしくても、前にクレアと約束した事は守らないとな。
そう思い直し、一層優しくクレアの髪を撫で続ける。
「そうだったんですね……それにしても、これをデリアさんに。むー……約束を守ってくれようとしているのは嬉しいのですけど……」
「ク、クレア?」
どうしたんだろうか? 理由を理解したはずのクレアが、唇を尖らせて拗ねた。
あれ? ちゃんと約束を守っているはずなんだけど……いや、そのことに関してはクレア自身が嬉しいと言っているし……えぇ?
「優しくなでるタクミさんの手、これをデリアさんにもと思うと……ちょっと悔しい気がしただけです」
「あー……」
撫でられつつも、プイッとそっぽを向いて頬を膨らませるクレアを見て、ピンときた。
つまり、同じ撫で方をデリアさんにもしたと思って、拗ねている……いや、やきもちを焼いている、というわけか。
うーむ、こういうクレアも可愛いけど、やきもちを焼かせたままじゃいけないな。
「えーっと、クレアとデリアさんだと、やっぱり気持ちもそうだけど撫で方も違うよ」
「……本当に?」
「うん、もちろん。デリアさんの場合は……なんて言うのか、シェリーとかフェンリル達を撫でるのと似ていて、褒めるため? とかそんな感じで頭を軽くなでるくらいかな。こんな風には、撫でたりしないよ」
見た目にはあまり違いはないかもしれないけど、俺の中でははっきりとした違いがある。
フェンリル達やシェリーに対しては褒めるための撫で方……時折じゃれるようにワシワシと撫でる事もあるが、そんな感じだ。
レオやリーザはまたちょっと違うが、それは置いておいて。
クレアに対しては、愛しいと心にある気持ちを込めて撫でている。
恥ずかしいから、あまり大きな声では言えないけど……髪を指に絡めたり、梳くように撫でるのはクレアに対してだけだと断言できる。
というか、よっぽどのプレイボーイでもなければ、どの女性にもこの撫で方をしたりはしない。
例外はあるかもだけど、男は単純で、特に俺自身は自覚できる程器用じゃないから、クレア以外にできる気は一切しない。
「……わかりました、タクミさんを信じます。ふふ、少しイジワルしてしまいました」
「あ、からかわれた……?」
「さぁ、どうでしょう? でも、他の女性にも同じようにと考えたら、少しだけ胸がチクッとしたのは本当ですよ?」
さっきまで拗ねて見せていたのはなんだったのか、ほんの少しだけ舌先を出し、可愛く笑うクレア。
これはやられたなぁ……まぁやきもちを焼いたのは間違いないっぽいから、誤解されないように気を付けないと――。
読んで下さった方、皆様に感謝を。
別作品も連載投稿しております。
作品ページへはページ下部にリンクがありますのでそちらからお願いします。
面白いな、続きが読みたいな、と思われた方はページ下部から評価の方をお願いします。
また、ブックマークも是非お願い致します。







