ニックを感動させてしまいました
「最初は、成り行きというか思い付きみたいになったが……ニックも、俺が雇っている大事な従業員の一人だからな。つい心配し過ぎてしまってたよ」
出会いはともかく、真面目に働いてくれているニックは他の従業員さん達と同じく、俺にとっては大事な人になっている。
フェルと一緒なら、危険とかはないというのはわかっているのに、どうしても心配になってしまっていた。
これじゃ、多くの人を雇ってやっていけるか、俺自身がちょっと不安だなぁ……。
「って、ん? ニック……?」
「う、うぅ……ア、アニキが、アッシの事を大事って……大事って……!」
ふと気付くと、ニックが腕で両目を塞ぐようにして俯いていた。
どうしたのかと様子を窺うと、漏れて聞こえる嗚咽と涙声。
いや……そこまで感動するような事、か?
「ろくな事をしてこなかったアッシに、アニキにそこまで言ってもらえるなんて……こ、これからも、アニキのお役に立てるよう、力を尽くしまさぁ!」
「う、うん。まぁ、頑張ってくれるならそれで」
本気で目の幅涙を流すニックの勢いに押されながら、漫画じゃないんだからと喉まで出かかった言葉を飲み込む。
人間って、本当にあれだけの涙を一度に流せるんだなぁ、とある意味感動したかもしれない。
何はともあれ、ニックのやる気や意気込みが過剰な程高まったところで、荷車を曳くフェルの背中にニックが乗り、出発だ。
「またなニック! カレスさんによろしくな!」
「へい! またです、アニキ!」
「フェル、また来てねー! ペータさんも、待ってるからー!」
「ガフー!」
ラクトスに向かって走っていくニックに手を振り、大きな声で送り出す。
俺の隣では、同じように手を振っているデリアさんがフェルに声をかけていた。
そう、実は見送りにデリアさんも来ていたんだけど、俺がニックにあれこれ言っていた事や、ニックが感動して泣きだした事もあって、話に入れず少し離れて見守ってくれていたんだ。
……俺やニックのやりとりに引かれてしまった、とかじゃない、はず。
「うぅ、フェルが行ってしまいました……」
段々と離れて見えなくなっていくフェルに対し、尻尾をだらんと下げて涙目になっているデリアさん。
そうだった、デリアさんはこういう別れの瞬間が苦手なんだった……俺がブレイユ村から別邸に戻る時も、わんわん泣いていたからなぁ。
猫っぽい尻尾と耳だから、ニャンニャン泣いていた、かな? どうでもいいか。
「あの様子だと、またすぐにここに来そうだから、大丈夫ですよ」
ハンバーグに使う肉の種類や、他の料理を気に入ったようだし、ブレイユ村にいなければいけないというわけでもないんだから、いずれまた顔を出してくれるだろう。
ブレイユ村で暮らして行くとフェル自身も決めたらしいけど、行動そのものは自由だからな。
あと、まだ屋敷にはカナートさんがいるし、ニックを届けた後はブレイユ村に一旦寄ってから、戻って来るはずだし。
荷物や人がいなければ、フェルの足だと数時間でランジ村に来られるだろうからな。
「う~、そうですね。ズズ……またフェルが来るのを待っておきます……」
「あー、うん。そうですね。よしよし」
鼻をすすりながら、目をぬぐって俺を見上げるデリアさん。
撫でて欲しいんだなと察して、デリアさんの頭に手を置いて耳と一緒に撫でた。
屋敷に戻ったら、クレアも撫でなきゃいけないと思いつつ、慰めるように撫で続ける。
いや、クレアを撫でるのは俺にとってご褒美みたいなものでもあるんだけども。
「わうん……えへへ、やっぱりタクミ様……じゃなかった、旦那様に撫でられるのが一番です」
「うん、デリアさんが喜んでくれて良かったです」
尻尾を揺らし、泣いていたのが嘘だったのかと思う程満面の笑みになるデリアさん。
なんというか、俺はレオしか飼った事はないんだけど、猫を飼っている気分になるな……犬っぽい声を出してはいるけど、喉をゴロゴロと鳴らしているし。
いや、デリアさんを雇ってはいてもペットじゃないけど。
「それじゃ、屋敷に戻りましょうか。デリアさんはこれからやる事があるでしょう?」
「は、はい! そうですね……ズズゥ! ん、よし、大丈夫です」
笑いかけて、一度強めに撫でてから屋敷へと歩きだす。
デリアさんは目を擦って鼻水を啜り、いつもの笑顔を取り戻して、尻尾を揺らしながら俺の後ろを歩き始めた。
……ハンカチくらい渡すべきだったかな、というか、用意するべきだったか。
まぁ今更考えても仕方ないので、そのままデリアさんを連れて屋敷へと戻った。
「では、始めますよ。リーザちゃん?」
「はい、よろしくお願いします、デリアお姉ちゃん!」
「お姉ちゃんではありません。こういう時は、先生と呼ぶのです」
「わかりました、デリア先生!」
屋敷のリーザの部屋にて、机に付いたリーザと横に立つデリアさんの二人が、元気よく話している。
デリアさんは教科書らしき本を持ち、リーザの机にはノート代わりの紙と羽ペンとインクが用意されていた。
今日からリーザは、デリアさんに勉強を教えてもらう事になっていて、これから開始するところだ。
形から入るタイプなのか、意気込んでいるからなのか、先生と呼ばれて嬉しそうに尻尾と耳を揺らすデリアさんに対し、リーザも同じく尻尾と耳を揺らしている。
以前、少しだけ渋っていたリーザだけど、今は勉強をするのが楽しみみたいだ。
デリアさんがどういう風に勉強させるのかはこれからだけど、できれば苦手意識とか持たないでくれると嬉しいな。
あくまで俺の考えだけど、勉強に集中する一番の方法は楽しんでやる事だと思うから。
「よろしい。ではまず……」
「んーと……」
勉強の初歩として、まずは文字の読み書き。
俺の耳に入って来るのは、日本語というか俺に理解できるような言葉になっているから、なんとなくふしぎな感じがした。
だって、この世界には「あいうえお」なんてないはずなのに、デリアさんが文字を見せて「これは『あ』と読みます」なんて言っていたからな。
ちなみに文字を見ても、目に入って来る文字は全然「あ」とは似ても似つかない線で、でも頭の中ではちゃんと「あ」という文字として認識されていた。
……どうなっているのかわからないけど、おかげでこちらの世界に来て文字や言葉に不自由はしていないから、ありがたい――。
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