椿を作ってみました
「さてと……」
邪魔になる、口を覆っている布を外して頭の中で椿を思い浮かべる。
日本では一般的な花なので、記憶から簡単に掘り起こす事ができた。
あとは、椿油のような髪油や手荒れに使える化粧水のような役割を期待して、『雑草栽培』を使うだけ……。
「んっ……想像より、少し小さいかな?」
地面から生えてきた椿は、約一メートル程度で成長が止まり、花を咲かせていく。
「ただ、想像していたのとはちょっと違うか……?」
俺が知っている椿は低木なので、地上から延びるのは茎ではなく木の幹のはずなんだが、どう見ても幹というより草花のような茎だった。
茎と幹がどう違うのかは、まぁ俺からすると硬さでの違いくらいしかわからないんだけど、茎と読んでも差し支えない緑色の表面に触れると柔らかかった。
「うーん、なんか違うのでできてしまったとか、かなぁ? でも、花とか葉の形、それに香りは椿の物だし……」
もしかすると、日本どころか地球ですらないからかもしれない。
こちらの世界での椿は、こういう物……だとか。
まぁ、知っている椿より低めに育って、幹のように固くなくても太めの茎でしっかり支えられているし、少々の風で倒れそうにないから大丈夫だろう。
「ん、スンスン……甘い香りがしますね」
「そうだね。でも、奥の方に少し違う匂いがしたりもするみたいだ」
花の香りに誘われてか、覆っていた布を外したミリナちゃんが、目を閉じて鼻を鳴らす。
香りは控えめで甘いような気もする、これぞ花の香! といった感じだけど、多いっ切り息を吸い込むようにすると、奥の方からほんの少しだけ、青臭い植物っぽい匂いがする。
まぁ、微かに香る程度なので嫌になる事はないし、全体の香りも控えめだから気にはならない。
強すぎる程ではないジュウヤクと、マスク代わりの布を貫通するヤイバナという強烈な臭いを経験した後だから、殊更控えめに感じるのかもしれないが。
「花も可愛らしくて、このまま見ているのもいいですね」
「ははは、まぁ観賞用に作ったわけじゃないんだけど、それもいいかもしれないね」
花を見て微笑むミリナちゃん。
椿の花は薄ピンク色で、俺の知っている赤い椿ともまた違うんだけど、さらに花自体も花弁が幾重にも重なりつつ開いた姿が可愛らしい。
椿の色は色々あるからまぁ薄ピンクなのはいいとして、花も少し小さめに見える。
枝のように茎が途中で方々に別れ、各所で咲き誇っている。
一つの椿に、大体二十くらいの花を付けているけど……よくよく見ると、花が多くて少しだけバランスが悪い気がしないでもない。
「……あっしには、香りというのがよくわかりませんが」
「ニックは、ずっと間近でジュウヤクの臭いを嗅いでいたからな。ほんのり香るくらいだと、わからなくなっているんだろう」
疑問符を頭に浮かべて、首を傾げているニック。
ずっと、手に付いたジュウヤクの臭いが近くにあって、鼻が仄かな香りを嗅ぎ取れなくなっているんだろう。
どうでもいいけど、スキンヘッドで人相悪めのニックが可憐な椿の花に顔を近付けて、香りを嗅ごうとしているのはシュールというかなんというかだ。
駄目なわけではないけどな、人相が悪くたって花を愛でちゃいけないわけじゃなし、花と言えば女性的なイメージだけど男性でも好きな人は多いから。
「さて、あとはこの椿を……どうするかな?」
「考えていなかったんですか、師匠?」
この先どうしたらいいのか、と首を傾げる俺にキョトンとするミリナちゃん。
「うんまぁ、とりあえず作ってみようって感じだったから……」
椿油を作るためとはいえ、その椿からどうやって油を抽出するかは知らないからな。
ただまぁ、本当に作れるかを試す必要はあった……多分作れそうだなとは思っていたけども。
「とりあえず、花を摘み取って状態変化を試してみるかな……んー」
「何も変化がないですね?」
「多分、この状態が一番最適な状態って事なんだろうけど……」
もしかしたら、ゴムの時のように絞るように液体とかが出て、これが椿油だ! みたいにならないかなぁという期待はあったけど、手に取った椿の花には、何も変化がなかった。
『雑草栽培』による状態変化は、その物の最適な状態にするわけで、何も変化がない場合は今の状態が最適か、そもそもに効果と呼べる何かがないか、のどちらかになる。
もしかしたら控えめで甘い香りを発している事こそが、最適と言えるのかもしれない。
「じゃあ、他の部分も試してみよう」
薬草には、葉や茎、根、花とそれぞれ違う薬効だったり、どれか一つの部位、もしくは全てを混ぜることで効果を発揮するのもある。
もしかすると椿もそれと同じような物なのかもしれないし、詳細が本に載っていない植物なので、試してみないと始まらないからな。
「椿でしたか、この可愛らしい花を摘み取るのは少し心が痛みますけど……わかりました」
「もし観賞用にしたいなら、また改めて作るよ。今は椿の事を知らないとね。――ニックも手伝ってくれ!」
「へい、わっかりやした!」
試しに作った椿には申し訳ないかもしれないけど、有効に使うためにはこれも必要な事……ミリナちゃんが気に入ったなら、観賞用をまた改めて作るのもいいかもな。
なんて考えつつ、ニックにも手伝ってもらい、それぞれの部分ごとに分けて採取していった。
意外と言えるかはわからないが、椿の根は短く、それでよく一メートル前後の茎と多くの花や葉を支えられるなぁと感心してしまうくらい小さかった。
「んー、どれも特に変化はない……か。唯一、根だけは乾燥した状態になったけど。これは、なんの効果が最適な状態で現れるのか……」
花と同じく、茎や葉は『雑草栽培』の状態変化をしても特に変化はなかった。
ただ小さな根だけは、カラッカラに乾燥した。
水分があった時ですら小さかったのが、今は水分が抜けてさらに小さくなっている……二十センチ程度の紐みたいに見えるなぁ。
ただ、根に関わらず植物は時に危険な場合があるので、適当に試すという事はできない。
場合によっては、毒があったり酷い中毒症状を起こす事もあり得るからな。
これまでは、効果のはっきりした物を薬草として作っていたし、観賞用の草花は口に入れたり状態変化を掛けなかったから、試す必要もなかったんだが――。
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