好みが別れる匂いみたいでした
「あ、そうだ。レオの方は……」
「ワフ、ワッフワフ!」
距離を取っているとはいえ、嗅覚の鋭いレオがどう感じているかとそちらを見てみると、むしろ尻尾を振って鼻をひくつせていた。
あれ?
「ワウー、ワフワッフ」
とことこと、こちらに近付いてくるレオは、やっぱりまだ尻尾を振りつつ鼻をひくつかせて、何やら鳴いた。
「え、レオ……この臭い、好きなのか?」
「ワウ!」
鳴き声によると、どうやらレオにとっては臭いとかではなく、どちらかというと好きな臭いらしい。
魚の腐ったような臭いで、どう考えてもいい匂いとは言い難いのに……。
「はははは! すごいねレオちゃん! 僕らは、ずっとこの臭いを嗅ぎ続けろと言われたら、絶対いやだという自信があるくらいなのに!」
「ワフゥ?」
笑うユートさんに、首を傾げるレオ。
「まぁ、人間と感覚が違うってとこなのかな? 人間にとっては臭くても、レオにとってはいい匂いとかあるか」
感覚の違いというのは当然あるか。
マルチーズだった頃も、俺が臭いと思ったのもレオは好んで嗅いでいた事があったからなぁ。
まぁ人にだって、好き嫌いが別れる臭いがあるわけだし。
「ママが平気なら私も……くちゃい!」
「あー、リーザは駄目か。ははは、無理しないで、クレア達と一緒に中に入ってるんだぞー」
「わはっは……」
窓から様子を見ていたリーザは、レオの声が聞こえたんだろう、平気そうだと思って飛び出してきたけど、すぐに臭いに負けて鼻を押さえた。
我慢させるのも酷なので屋敷の中に入っておくよう言うと、尻尾を力なく垂らしながら戻って行った。
リーザにとっては、好きな臭いとはならなかったみたいだ。
ちなみに、リーザの後を追うようにデリアさんも出て来たけど、同じく鼻を押さえ、ダッシュで屋敷へと戻った。
もしかすると、獣人は感覚が人間に近いのかもしれない。
「んー、後は……ラーレも大丈夫そうだな。フェンリルが慌てふためいて、屋根の上にいるラーレにも届いたヤイバナがそれだけすごかったって事かぁ」
空を仰ぎ見ると、屋根の上からこちらを覗き込んでいるラーレ。
肩付近に、コッカーとトリースもいるな。
ヤイバナの時とは違って落ち着いているみたいだから、臭いは大丈夫そうだ……むしろ、向こうまで届いていないのかもしれない。
ちなみに、コッカーとトリースはこれまでもそうだったけど、最近は特にラーレと一緒にいる事が多い。
飛び方とかを教わっているらしいが……カッパーイーグルとコカトリスで種族が違うんだけど、教えられるのだろうか?
同じ鳥型の魔物だから、通じるものはあるのかもしれないけど。
「それじゃ、僕はこのジュウヤクをしかるべき場所に送るよう、手配してくるよ」
「あ、うん。でも、まだ椿が……」
椿の方も、ユートさんの人脈とやらで送って油の抽出方法を調べてもらわなきゃいけない。
送るなら、一緒に送った方がいいと思うんだが。
「そっちとは、送る先が違うからね。これも、そのままにはしておけないし……」
摘み取った……正確には引っこ抜いたジュウヤクが二十本。
それを見せながら苦笑するユートさん。
レオは嬉しそうだけど、一つにまとまっているからかさらに臭いが濃くなって、思わず後退り……成る程、送り先が違うのか。
それにこのままにしておくと、服にまで臭いがこびり付いてしまいそうだから、送るならさっさとやった方がいいだろう。
「これをこうして……と。あとは、残った部分に土をかぶせておけば、今日中に枯れるはずだから」
「わかった。臭いを防ぐためにも、さっさとやってしまおう」
このために用意していたのか、懐から取り出した数枚の布でジュウヤクを厳重に包むユートさんに従い、足で引っこ抜いた後の地面に土をかける。
放っておけば枯れるらしいし、土をかぶせれば根っこの方からの臭いもなくなるから、ちょうどいい。
「クゥーン……」
「レオは好きな臭いなんだろうけど、このままだと他の人が庭に出て来れなくなるからな? リーザとかもそうだし」
「ワウゥ」
土をかぶせられて、しょんぼりしたレオが地面を見て鳴く。
この庭は皆で食事をする場所でもあるのに、このままにしていたら使えなくなるからな……レオにとっては好きな臭いでも、人にとって嫌な臭いを嗅ぎながら食事をするのは、罰ゲーム過ぎるし和気あいあいとはいかないだろう。
「スン、スンスン……ワフゥ」
ジュウヤクを引っこ抜き、その後土をかぶせた地面に鼻を近付けて匂いを嗅ぐレオ。
本当に好きな臭いらしく、ご満悦な様子で息を漏らしている。
処理は終わって、もうほとんど臭いが感じられなくなったんだけど、レオの嗅覚には嗅ぎ取れるんだろう。
「まぁ、レオがいいならいいんだけど……」
苦笑しつつ、尻尾を振るレオを見守りながら、ちょっと離れて椿を作る準備。
そういえばレオはマルチーズの頃から、俺が脱いだ後の服とかの臭いを嗅いだり、その上に乗って丸くなるのが好きだったっけ。
あれ、それってもしかして、俺のシャツが……というより着ていた俺がジュウヤクみたいに臭いって事にならないか?
いやいや……犬は好きな飼い主の匂いが付いている物を好む、という事が多くあるみたいだし、臭いとかじゃないよな。
……以前エッケンハルトさんがいないときに、ティルラちゃんが臭いと言っていたのと同じ事が、リーザにも起こらないよう、お風呂では入念に体を洗おう。
洗い過ぎも良くないとは聞くが、リーザに臭いとか言われたら十日くらいは立ち直れそうにないからな……せめて、そういうのは思春期的な男への嫌悪感や反抗期からであって欲しい。
それでも、しばらく落ち込みそうだけど。
「……ん、よし。ミリナちゃん、ニック。こっちで別のを作るよー」
「はい、師匠!」
「アニキ、また変な臭いのするのを作るんですかい?」
「いやいや、今度は臭い植物じゃないから。んー、場合によっては、いい匂いかも?」
もしもを考えて、想像で落ち込んでしまいそうな気持を切り替え、ミリナちゃんとニックを呼ぶ。
ただニックは俺が悪臭のある植物を作るのが好きだと、変な勘違いをしていないだろうか? まだ口と鼻を押さえた状態で訝し気にしているけど。
椿は多分、俺の想像通りならどちらかというといい匂いのはずだから、大丈夫なのに。
というかニック、多分まだジュウヤクの臭いが感じられるから、口と鼻を押さえているんだろうけど、それ間違いなく手に付いたままの臭いだからな?
さっきから、手を洗ったり拭ったりもしていないから、自分から臭いを嗅いでいるようになっているだけだぞ――。
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