想像以上にとんでもない薬草でした
「ワフゥ? ワッフ!」
「うん、わかったー!」
「グルゥ!」
ヤイバナを作る前準備の一つとして、レオ達に離れるように言う俺に鳴き声で答えてくれる。
そのままレオやフェンリル達が、屋敷の外壁近くまで遠ざかるのを待つ……そこまで行かなくてもとは思うが、念には念を入れておいた方がいいだろう。
人でも、嫌な臭いを嗅ぎ続けると体調が悪くなったりする事だってあるからな。
「よし、行くよミリナちゃん……!」
「は、はい! いつでもどうぞ!」
レオ達が離れるのを待ち、地面に手を突きミリナちゃんと頷き合って意気込む。
本にあったヤイバナの図を思い浮かべ、『雑草栽培』を発動。
数秒で地面から芽が出て茎が伸び、葉が生えて花が咲く。
「うっ……これは……!」
「こんなにすぐ臭うものなんですね……」
花が咲いた瞬間くらいだろうか、辺りに広がる強烈な臭い。
布を口や鼻に巻いていてもそれを貫通して届く香り……香りと言っていいのかわからないけど、顔をしかめてしまう程の臭いだ。
「結構強烈だけど、なんとか我慢できなくはない……かな?」
「そ、そうですね。嫌な人は走って逃げそうですが、私もなんとか。こんな鉄みたいな臭いがする植物があるなんて……」
「鉄みたいな臭い? ミリナちゃんはそう感じるんだ」
「え、あ、はい」
俺からすると、汚いけど排泄物みたいな臭いがする。
古い汲み取り式便所のようなというか……止めよう、あまり掘り下げて考えない方がいい気がする。
臭いの感じ方っていうのは、人によって違ったりもする事があるから、ミリナちゃんにとっては鉄のような臭いがするんだろう、俺よりはマシかもしれない。
そういえば、日本名のヘクソカズラ……ヤイトバナは、錆びた金属の臭いがすると感じる人もいると聞いた事があるし。
「花が開いて咲いたと思った瞬間、臭いが広がったから……原因は花なのか? っと、こうしてるだけじゃいけないな。とりあえず摘み取ろう」
このままにしておくと、ひたすら臭いを発生させるだけになってしまうので、さっさと摘み取ってしまう事にする。
ヤイバナの薬効成分は、花部分のみだったはずだから……。
「これでよし……うん? 花の方からは臭いがしないような? 慣れたわけではないと思うけど」
特徴的な、中心が燃えるように赤くそこから花弁が五枚伸びて放射相称花になっているヤイバナ。
花の根元に雑巾越しの指で摘まんで少し力を入れるだけで、簡単に取れた。
その花を顔に近付けて確認したけど、特に強烈な臭いを感じない。
布を巻いて防いでいるからと思ったけど、それならそもそも広がった臭いも貫通してこないはずだし……距離的には近付けた花から臭いを感じないのは、つまり花から発生しているわけではないって事か。
花が開いたとほぼ同時に臭いを感じたから、そうだと思っていたんだけど……。
「本には、ヤイバナが臭いから注意。とだけしか書かれていませんでしたね。どこから臭うのかは特に」
「そうだね。まぁ、俺の知っている植物と似ているから、それと同じならもしかして……」
まだ匂いを感じ始めて時間も経っていないから、嗅覚が慣れて感じられなくなった……とかではないはず。
だとしたら、臭いの原因は花ではなく他の場所……ヤイバナとヤイトバナが、薬効などはともかく植物としてのつくりみたいな部分が同じだとしたら。
「……うん、やるんじゃなかった。やっぱり葉っぱが臭いの原因かぁ」
「し、師匠……鼻……鼻にツーンとひまひはぁ……」
「ごめんミリナちゃん、ちょっと確かめたくて」
もしかしてと思い、葉っぱをつまんでちぎってみるとこれまで以上に強い匂いが瞬間的に広がった。
手袋代わりの雑巾を持ったまま、両手で口元を抑えるミリナちゃんに謝る。
鼻も一緒に抑えているからか、ミリナちゃんが変な喋り方になっているけど仕方ないか。
日本のヤイトバナは、臭いのは同じだけどさすがにここまで臭いが強くはなかったんだけどなぁ。
ともあれ、臭いの発生源は葉っぱだという事が判明。
こちらは、ヤイトバナと一緒かな。
日本の方は葉をちぎったり実を潰すと臭いがするため、知らずに踏んでしまうと靴などに臭いが付いてしまう事があった……経験者だ。
ただこちらのヤイバナは、あれよりもさらに臭いが強く一瞬で広がる程。
本に大袈裟と思える程、注意書きがしてあった理由がよくわかる。
あの本を書いた人は、もしかしたらヤイバナの臭いで何かしらの苦労をしたのかもしれない。
「茎からも少し臭いがするか……根の方は大丈夫そうだ。とりあえず包んで……と」
薬にする花は摘み取ったので、生えているヤイバナを引っこ抜き、葉っぱと茎、根っこを一緒に雑巾でくるんでしまう。
その際、できる限り葉っぱがつぶれないように配慮して……花が咲いた状態で、実がまだなっていないのは助かったな。
「うぅ、鼻の奥にずっほ残っていふ気がひまふ……ひしょうは平気なんれふか?」
鼻を押さえつつ、目に涙を浮かべているミリナちゃん。
確かに、葉っぱをちぎった時は布越しでも鼻の奥に響くような臭いを感じたし、平気というわけじゃないんだけど。
「まぁ前もって覚悟していたから、かな? 嗅ぎ慣れているとかではないんだけど、我慢するくらいはできるからね」
ずっと嗅ぎ続けると俺も辛いのは間違いないんだけど、我慢するのは慣れているからなぁ。
目に来る、というような刺激臭ではないのも我慢できる理由の一つか。
鼻の奥にはツンと来ているのに、目に来ないのはちょっと不思議だけど。
ミリナちゃんも、臭いが我慢できなくて涙を浮かべているだけのようだし、目が痛いとかまでではなさそうだ。
「さすが師匠です……私は、できるだけこの臭いを嗅ぎたくありません」
トラウマになっちゃったかな? ともあれ、臭いを我慢する事でさすがと言われてもな、あまり誇れない気もするが。
と、ここまで作業をしてふと思い出した。
そういえば、レオ達の方は大丈夫か? 臭いにばかり意識が取られていたけど、あちらは……。
「レ……あー……」
レオに呼びかけようとしてそちらを見てみると、フェンリル達が高い壁をジャンプして軽々と塀を越えていく姿が見えた。
他にも、こちらにお尻を向けて伏せをしていたりするのもいるな。
レオも同じく、壁に体を擦り付けるくらいできるだけ距離を取ろうとしていて、情けない表情で鼻のあたりを前足で擦っていた。
リーザは、そんなレオの体に顔を押し付けるようにしているな……臭いから逃げるために、隠れているつもりなのかもしれない――。
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