撫でる事を要求されました
「だからきっと、デリアさんを撫でるのは私じゃなくてタクミさんが適任だと、私は考えます。それは……デリアさんは可愛らしい女性ですし、あまりいい気持にはならないかもしれませんが……」
そう言って、少しだけ頬を膨らませるクレア。
最近は特に、俺の前では感情を表情に出してくれるから、何を思っているのかわかりやすいし、可愛く思う。
予想していた事だけど、想像してやきもちを焼いたんだろうな。
「俺としては、デリアさんに気分よく働いて欲しいんだけど……リーザと同じ獣人だし、今でも十分仲がいいと思うけど、これから先も仲良くしていて欲しいから。けど、クレアが嫌な気持ちになるなら、やっぱりやめておいた方がいいかもね。一番俺が嫌なのは、クレアが悲しい思いをする事だから」
「タクミさん……」
俺の言葉に、頬をほんのり赤く染めて嬉しそうにするクレア。
やっぱりクレアには、悲しむのではなく楽しく笑って欲しいからな。
嫌な思いはさせたくないし、避けられる事ならやきもちを焼いたり変な心配はさせないようにするのが一番だ。
デリアさんには悪いけど、何か別の方法で……と考える俺とは別に、クレアも思案していたようで、スッと俺に向かって顔を上げた。
さっきよりもさらに頬が赤くなっているので、恥ずかしいのを我慢して何かを言うのに決意を固めた、といった感じだな。
「……タクミさん、それならば私を……いえ、デリアさんの頭を撫でたその倍、私の事を撫でて下さい!」
「え……クレアを?」
目をあちこちに動かしてオドオドしていながらも、はっきりと口にするクレア。
ほんの一瞬だけ何を言っているのかわからなかった。
「デリアさんを撫でて、私が嫌な気持ちになるのなら……その気持ちを吹き飛ばすくらい、撫でてくれればと……考えて……すみません」
「あ、いや……」
後半は、クレア自身が段々と恥ずかしさが勝ったのか声が小さくなっていった。
言われている俺も、ちょっと恥ずかしいけどそれはともかく。
「つまり、クレアも俺に撫でて欲しいって?」
「そ、そんな事は……! いえ、その通りですけれど。以前、撫でてもらった事もありますし」
ちょっとだけイタズラ心が湧いて、からかうように言う俺に否定しようとしてできなかった様子のクレア。
俯いて、時折こちらを視線で窺いながら、合わせた両手の指さきが忙しなく動いている。
俺から持ち掛けた相談なのに、あまりイジメすぎてもいけないな。
「ごめんごめん。そうだね……そういえば、撫でる事はあまり多くなかったっけ」
時折、クレアのさらさらとした綺麗な金髪に触れたり、それと一緒に撫でる事はあったけど……機会はあまり多くなかった。
日課になっているハグはただ抱き締め合うだけで、撫でるとかもあまりしていなかったくらいだ。
「タ、タクミさんに撫でられると……その……とても夢見心地と言いますか、抱き締められるのとはまた別の意味で安心できるんです。……もしかしたら、デリアさんやフェンリル達も、同じ気持ちなのかもしれません。なのに駄目と言う事は……その心地を知っている私にはできません……」
「そ、そうなんだ……うん」
俺が撫でるとクレアはそうなんだ……と思うのと同時に、多分それってクレアだからそう感じるんじゃないかとも思う。
フェンリル達とクレア、それからデリアさんではそれぞれ感じ方が違うと思うし、俺に対する感情も違う。
とはいえ、クレアが言う事を否定する気にもなれない……自分本位ではなく、他の誰かの気持ちを思いやっての事だから。
恥ずかしがりながらも、勇気を出して言ってくれたクレアの気持ちを優先したい。
「……わかった。それじゃ、いつもという程頻繁にならないように注意はするけど、デリアさんはこれまで通り撫でさせてもらう事にするよ。もちろん、デリアさんが嫌じゃなければだけどね」
あと、尻尾は絶対に避けよう……リーザの時もそうだったけど、頭や耳よりも尻尾は色んな意味でデリケートっぽいから。
「タクミさんであれば、デリアさん嫌がる事はないと思いますけど……はい」
「うん。それで、デリアさんを撫でたらクレアも撫でるようにする。当然、気持ちを込めて……ついでにならないように気を付けるよ」
というか、ずっと頭の片隅にあったんだけど、デリアさんやクレアを撫でられるってかなりの役得な気がする。
もちろん、邪な気持ちはないけど……それでもな。
「は、はい……よろしくお願いします。私、勢いあまって恥ずかしい事を言ってしまいました……」
「どう感じたか、とかは言葉で伝えてくれるとわかりやすいから、嬉しかったよ」
女性の気持ちを察するのが得意なわけではないし、言ってくれる方がわかりやすい。
俺自身も対処する方法を考える事ができるし、知らない所でクレアが嫌な気持ちになっていたりしないというだけでも、嬉しい。
よく聞く話では、言わなくても察して欲しいとか、言われないから気付かなかったとかだけど、やっぱりこうして話せるんだから、気持ちを言い合う事は大切だと思う。
「タクミさんも、もし私に対して何かあるようでしたら、言って下さいね?」
「うん……言葉だけじゃなく、こうして……気持ちとかも含めて伝えるようにするよ」
「ひゃ……あ……」
上目遣いでこちらを窺うクレアが、あまりにも可愛かったので右手を伸ばし、クレアの頭を優しく俺の気持ちが伝わるようにと願って、ゆっくりと撫でた。
一瞬、驚いたような声を出したクレアだけど、すぐに落ち着いて撫でるのに任せてくれる。
「ふふ、こうして誰かに頭を撫でられるというのは、やっぱり気持ちいものですね。タクミさんがしてくれるから、というのもあるでしょうけど。でも、こんな姿は他の人に見せられませんね」
「そうだね……俺もちょっと恥ずかしいし、可愛く微笑んでいるクレアはあんまり多くの人には見せたくない、なんて思ってしまうね」
俺に頭を撫でられながら、凄く魅力的な笑顔になるクレア。
頬がほんのり赤く染まっているからだろうか、目が潤んでいるからかもしれないけど……いつもとはまた違った趣のある、というかクレアにも言ったようにとても可愛い笑顔だ。
独占欲みたいな物だろうか、この笑顔をあまり多くの人に見せたくないとすら思って、口に出してしまう。
中庭には、セバスチャンさん達がカナートさんの所に行ったからだろうか、他に使用人さん達はいない様子だからちょっと安心かな――。
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