クレアから真剣に話しかけられました
「それから、商号も決めませんと」
「そうですね……何にするか。わかりやすいのがいいとは思いますが……」
商号は、わかりやすく言えば屋号とか社名とかの事だ。
いつまでもランジ村の薬草畑、というだけじゃいけないからな……少数の村や街だけならそれでいいかもしれないけど、薬や薬草を広く売り出すわけだし。
あと、考えずに適当に任せていたら、タクミの薬屋とか、薬師タクミの店、みたいに俺の名前が入ってしまいそうだ。
仮称としてすでに書類にはそう記されているのを、何度も見たからな。
見るたびに、俺が渋い顔をしてしまい、隣に座るクレアにクスクス笑われていたけど。
とりあえず近いうちに、クレアや使用人さんや従業員さんから意見を聞いて、決めよう。
「……もう少し、時間がありそうですね」
「ん? あぁ……レオもまだ戻って来ていないみたいだし、夕食までもうしばらくかな」
窓の外や時計を見て確認するクレア。
急にどうしたんだろう? と思いつつも答える。
レオが戻ってきたなら、誰かが報せに来てくれると思うし、レオやリーザが執務室に来ているだろうから、まだ戻って来ていないんだろう。
ライラさんに付いて行っているテオ君は、待ちぼうけになっているかもな。
「はは、テオ君がオーリエちゃんを迎えに行ったのに、退屈してなきゃいいけど……」
「そうですね。でもライラ達がいますから、何かしら相手をしてくれているでしょう。……タクミさん?」
「ん? どうしたんだい、クレア?」
苦笑しながら話していると、何やら真面目な声音になったクレア。
急にどうしたんだろうと思いながら、隣に座っているクレアを見る。
「タクミさんは、あまり弱音を吐かない人だというのはよく知っています。出会ってから、ずっとみてきたんですもの」
こちらを真っ直ぐに見るクレアは、これまでのように談笑をするという雰囲気はなく、真面目な話をしようとしているみたいだ。
「急にどうしたんだ? まぁ、言われればそうかもしれないけど……」
あんまり自覚はないけど、弱音を吐かないと言われればそうなのかもしれない。
まぁ、頭の中では吐きまくりなんだけど、口には出していない気がする。
レオとだけの時は、時折話すくらいかな。
クレア相手には、特に好きな相手だし格好付けたい気持ちがあって、強がっているような気もする。
自覚らしい自覚はあまりなくて、言われればそうかな? という程度だけど。
まぁ、格好付けたいという部分に関しては、クレアに書類確認の手伝いしてもらうかどうか渋った時点で、間違いないんだけど。
「タクミさんのこれまでの境遇などは、全てではありませんが聞いています。おそらくですけど、それが許されなかった状況だったのではないでしょうか?」
「うーん、まぁ言われてみればそうかも……ね」
レオはともかくとして、伯父さん達には育ててくれた恩があって迷惑を掛けたくないとか、甘えてばかりいられないと思っていた。
それは、高校入学と同時に一人暮らしをしようと考えた事からも、間違いない……そのおかげで、レオと出会えたのはあるけども。
就職して仕事をするようになってからは、同僚とちょっとした話をする事はあったけど、皆長続きしなかったからなぁ、俺とというより仕事がだけど。
上司とかは相談できる相手じゃないし、むしろ俺を追い詰める側だった。
学生の頃の友人は、仕事が忙しくてあまり連絡も取れなかったし……いないわけじゃないぞ、ほんとだぞ?
とにかく、弱音を吐く事も考えられない状態であり、相手もいなかったために、そういった事をあまり意識できなくなっていたのかも。
なんて、クレアに言われて改めて気付いた。
無意識のうちに、考えないようにしていたのかもしれないな……ここは、優しい人が多いから。
「誰かに頼らない、頼れないのではないと思います。いえ、ライラが多少不満に思うくらいには、頼らないようにしているのかもしれませんが」
「そうだね……前にライラさんにも言われたよ。もっと頼って下さいとか言われたっけ」
半分くらいは、ライラさんがお世話をしたいからというのも理由になっているんだろうけど、それだけじゃなく俺ができる事は俺自身でやろうとする事を、咎められた。
咎めるのとちょっと違うか、ライラさんも俺を心配していってくれたんだと思うからな。
「……タクミさん」
「クレア?」
俺の右手をクレアが両手で持ち上げ、開かせる。
一瞬握るのかな? と思ったけど、開くのはちょっとだけ驚いた。
まさか、ここから手のマッサージなんてわけじゃないだろう。
「タクミさんの手、いつもは温かいのですけど……やっぱり今は冷たいですね」
「やっぱりっていうのは?」
俺は冷え性じゃないため、手足が冷えている事は少ない……寒い時は別だけど。
こちらに来てからは健康的な生活をさせてもらっているからか、血行が良くなってさらに手が冷たくなる事は少なくなった気がする。
でもクレアの言い方だと、冷たくなっているのがわかっていたような口ぶりだけど?
「……大広間で、ずっとタクミさんを見ていました。その時、手を握りしめている事が多かったから。それと、震えてもいました」
「あー……見られていたんだ。エッケンハルトさん達の方に、意識が向いていると思っていたんだけど」
「もちろん、お父様やお爺様、それから集まった皆の方も見ていましたよ? でも、ふとした時に視線がタクミさんの方に向くんです。意識していても、いなくても」
「そ、それはちょっと照れるね……」
お互い好意を持っているという事は既にわかっているので、半分以上告白のようなクレアの言葉も、真っ直ぐ受け止められる。
それでもやっぱり、クレアに言ったように照れるのは仕方ないけど。
真っ直ぐ、強い目をして俺を見ての事だから、特にな。
「言っていて、私も照れてしまいますけど……でも、それでタクミさんがずっと緊張、というのでしょうか? いえ、恐れているような? とにかく、少し普段とは違う様子だなと。この部屋で見た時は、大分普段に戻っていた様子ではありますが、多少なりとも引き摺っているのは、今この手が冷たい事が証明しています」
「……本当に、クレアは俺をよく見ているんだね」
図星を突かれた気分だった。
隠している、隠せていると思っていた事……大広間でクレアが俺にそれだけ注目していたとは。
俺もふとした時にクレアを見ていたけど、こちらの様子に気付いていたのがわからなかったのは不甲斐ない――。
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