書類仕事は避けられないようでした
「ほほぉ、タクミ殿はでん……じゃなかった。テオ殿に随分と慕われたようだの」
感心するというよりは、面白いといった表情のエルケリッヒさん。
「そうなんです、かね? まぁ、頼りにされて嫌な気分ではないですけど。でも、これは一体……」
どうしてここまで、尊敬されているというか興奮気味に見られているのだろうか。
懐かれているという自覚はあったけど、今朝の時点ではここまでじゃなかったはずだ、多分。
「えっと、えっとですね。タクミさん! その、あの……」
「うん、ちゃんと話は聞くから、落ち着いてね?」
「……タクミ殿のそういうところが、皆に慕われる要因な気がするのだが、どうだクレア?」
「なぜ私に聞くのですか、お父様?」
「いやなに、先程エメラダだったか。あの者に語り掛けていたタクミ殿を見るクレアの目が、一瞬だけ険しくなったように思えたのでな」
「私が助けを求めたので、そんな事はありません……よ?」
「最後に少々自信がなくなってしまったようだが、タクミ殿は誠実ながら、クレアはもしかしたら苦労する事もあるのかもしれんな……」
なんて、クレア達が話しているのを余所に、何かを俺に伝えようとしているテオ君に対してしゃがみ込み、興奮しているのを落ち着かせてゆっくり話を聞く。
なんでも、大勢の前に立って淀みなく自分の考えや計画を披露し、それを納得させた事。
そして、曲者とも言われるエルケリッヒさんを納得させた事などが、テオ君を興奮させていたらしい。
曲者、なんて言われていますよ、エルケリッヒさん。
多分奥さんと合わせての政治的な関係で、一部にはそういう認識をされているのかもしれないけど。
ともあれテオ君には、俺一人で考えて納得させたのではなく、クレアやアルフレットさん達と一緒に考えて、意見を聞いて、そのおかげで納得させる事ができたんだ、と言っておいた。
事実そうだしな……一応テオ君には、昨夜伝えた「聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥」のことわざを体現して見せられた事になるのかもしれない。
ちなみに、テオ君が曲者とエルケリッヒさんが呼ばれているといった時、本人は誇らし気で、エッケンハルトさんが自分を指さしながら「私は?」と言いたそうにしていたけど、完全に余談だな。
セバスチャンさんから、商売に関してだけは曲者かもしれませんからご安心をと、言われていた。
「旦那様、本日集まった方々の件が終わりました」
テオ君の話を聞き、誤解も解きながらクレア達とも混ざって話をしていると、従業員さん達と必要なやり取りを終えたキースさんが報告に来てくれた。
腕には、百を越えそうな書類を抱えている。
「ありがとうございます、キースさん。えっと、その書類は……?」
「一部、旦那様の確認が裁可が必要な物と、目を通しておいてもらいたい物になります」
「……わかりました。後で確認しますので、執務室の方に置いておいて下さい」
「畏まりました」
やっぱり、俺も確認しなきゃいけない書類のようだ。
初日から百以上の束とは……書類仕事自体は嫌いじゃないけど、一度で大量に積まれるとやる気が削がれる気がするのは、なんでだろうなぁ。
「くはは! タクミ殿でも、書類仕事は嫌な顔をするのだな。まぁこれも必要な事だ」
「うむ。私など、本邸に戻ればどれだけの書類が積まれているか……前回は、小部屋が一つ埋まるくらいであったな」
「それは、お父様が後回しにして溜め込むからではないですか? 私は、溜めないよう細々と処理しています」
笑って話すエルケリッヒさんや、遠い目をするエッケンハルトさんに、溜め息交じりのクレア。
エッケンハルトさんの言う前回というのは、アンネさんを連れて別邸まで来ていた間の事だろうと思う。
小部屋一つが埋まるって……相当な量だな、それだけ公爵家の当主として処理しなければいけない事柄があるんだろうけど。
そういえば、クレアがそういった事をしている様子を見た事がなかったけど、ちゃんとこまめにやっていたのか。
もちろん、エッケンハルトさんや当主だった頃のエルケリッヒさんよりは、少ないんだろうけど。
まぁ、今はともかく書類仕事が辛くなったら、エッケンハルトさん達に愚痴くらいは聞いてもらおう。
手伝いが必要な時は、大広間の隅で屋敷に運び込まれた本の整理に行こうとして、セバスチャンさんに襟首を掴まれているヴォルターさんが良さそうだ。
物語作りとかの話もできるだろうからな。
「あー……っと? あ、いた。ガラグリオさん!」
「はい! お呼びでしょうかタクミ様!」
「……いえその、そこまで畏まらなくていいですから」
書類を運ぶキースさんを見送って、従業員さんの中からガラグリオさんを見つけて呼びかける。
すると、少し離れていた所から小走りで寄ってきたガラグリオさんは、俺の前に来るなり片膝を付いた。
そんな、まるで俺に臣従するような事はしなくていいですから。
あくまで雇っているだけで、臣下じゃないんですから……ガラグリオさんとリアネアさんの二人は、ちょっと大袈裟だ。
「とりあえず立って下さい……えっと、さっき薬草畑の方を耕すようにと言いましたけど」
「はい、速やかにタクミ様がお使いになる畑を、いつでも使えるよう準備させて頂きます!」
「いえいえ、そうではなくて……あと、畑はゆっくりでいいですから。使い始めるのもまだ後の事ですし、無理はしないで下さい」
ガラグリオさんに立ってもらったけど、畑の方は全力で取り組む意気込みのようだ。
まだランジ村に来てすぐなので、引っ越した荷物の整理とかもあるだろうから、あまり無理はしないで欲しい。
一応、無理はしないよう言っておく……頑張り過ぎないよう、誰かに見ていてもらった方が良さそうだな。
ガラグリオさんだけでなく、リアネアさんも似た感じだったから自分の事より優先しそうだし。
「畑の方はとりあえず今は置いておいて、フェンリル達のための小屋……というか、雨除けを作りたいんです」
「フェンリルの、ですか?」
「はい。レオやシェリーは屋敷の中で暮らしていますけど、フェリー達は外にいますから。このままだと、雨が降った時に凌ぐ方法がありません。まぁ、雨に濡れるのが好き、というフェンリルもいるみたいですけど……」
雨に濡れたくらいじゃ、風邪を引いたり病気になったりはしないというような事を、フェリーは言っていたけど。
それでも、濡れて寒がったりしちゃいけないからな、一部のフェンリルの要望でもある。
好みとは関係なくても、フェンリル達にだって安心して休める場所があった方がいいだろうし。
ガラグリオさんに、それらの事を伝えた――。
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