緊張を解すよう頼まれました
「も、もちろん、すぐに全てが上手くいくとは限りません。これからの事なので、時間、日数も多くかかると考えています。ですので、まずは王都方面からと予定しています」
「エメラダ、少し言葉が足りませんよ。ほら、緊張をし過ぎないで、ね?」
「は、はい!」
緊張しきりのエメラダさんの肩を、後ろから掴んで揉み解すようにしつつ、クレアが声を掛けるけど……むしろもっと緊張してしまったようだ。
直立不動で返事をしたエメラダさんは、全身に力が入っているように見える。
「んー、まだ硬いわね。お父様やお爺様の事なんて、気にしなくていいのよ?」
「「なんて……」」
「い、いえそんな……!」
クレアさんの言葉に、ほんのりと落ち込むエッケンハルトさん達はともかくとして、エメラダさんの緊張はまだ解けない。
「むぅ……タクミさん、どうしましょう」
頬を少しだけ膨らませたクレアが、俺を見て助けを求める。
いやぁ、クレアだからこそエメラダさんは緊張しているんだと思うんだけどなぁ。
もちろん、エッケンハルトさんやエルケリッヒさんの前だとか、多くの人の前に出ているからっていうのもあるんだろうけど。
「ははは……えっと、とりあえず少しクレアは離れておこうか」
「わ、わかりました……」
俺の言葉に、クレアがエメラダさんから手を離して一歩下がる。
それでようやく、全身に力が入っていたのが少しだけ抜けたような気がした。
エメラダさん、クレアに憧れているみたいだからなぁ……レオを撫でた経験から、チタさんみたいにフェンリル達の近くにいる事が多くてそちらが目立つけど。
公爵家、というのも含めて憧れの人が近くにいて、さらに自分に触れていたら緊張して当然だろう。
「エメラダさん、ここにいる人達……エッケンハルトさん達もそうだけどリーベルト家の人や使用人さん達は、優しい人達ばかりです。ちょっとした言い間違いや、ミスを責めたりするような人達ではありません」
「はい……」
あまり威圧しないように心掛けながら、エメラダさんに話す。
同年代の女性の緊張を解すなんて俺自身できるか不安だけど、クレアに頼られたから頑張ろう。
「だからえっと……俺も同じく緊張していますし、こうして話しているのも得意とは言い難いんですよね」
「……タクミ様は皆の前に立って、堂々としていらっしゃいます。とても得意じゃないとは……」
「できているかは自分でもあんまり自信はないんですけど、できるだけ表に出さないようにしているだけですよ」
頭の冷静な部分が、何で皆の前でこんな事を言っているのかと叫んでいたりもする。
必死で我慢しているけど、正直恥ずかしさで逃げ出したいくらいだ。
「……ハルト、女性はあぁして安心させてやるのが一番のようだぞ?」
「そのようですな、勉強になります。あのエメラダという者、先程まで緊張していたのが今はタクミ殿に目が釘付けです」
「これが若さか……」
そこ、俺とエメラダさんを見てひそひそ話さない! しかも小声じゃなくそれなりに大きな声だから、皆に聞こえているし。
若さでもなんでもないし、勉強には一切ならないから!
「とりあえず、あんな風に身分差とかはあまり関係なく、親しみやすい……かは微妙ですけど。失礼な事とか言っても、全然平気ですよ」
「そ、それはさすがに……」
「ぬ、むぅ……」
「タクミ殿も言うものだな……」
エッケンハルトさん達に視線を送りつつ、意趣返しじゃないけどひそひそ話していたのを、やり返しておく。
まぁそう言われてエメラダさんが本当に失礼な事を言うとは思わないけど、エッケンハルトさん達には効いたようで、押し黙った。
こちらは頭をフル回転させてどうにかしようとしているのに、変な事を言うからですよまったく。
すぐ近くにいるセバスチャンさんや、二人をよく知る使用人さんや護衛さん達は笑っていた……さすがに、従業員さんは笑っていないけど。
「とにかく……えっと、ほら。俺の手、こんな風に震えていたりするんです」
「あ……本当、ですね」
震えを抑えるため、握っていた右手を開いて手の平をエメラダさんの前に出して見せる。
皆の前でこうして話しているのもあるけど、大広間に立った時からずっと震えていた。
実は、面談の時とかも含めて、こうして皆の前で話す機会がある時は大体そうだったりする。
恐怖症、とかそこまでじゃないと思うけど……これは、日本にいた時からだ。
仕事の会議で皆の前に出た時に、色々とな。
ちょっとしたトラウマかもしれない、隠していたけど。
「エメラダさんだけが緊張しているわけではなく、俺もそうだし、ミリナちゃんも緊張していました。他に、並んでいる人達もそうです。クレアだって……」
「タ、タクミさん……!」
俺の緊張やらはともかくとして、クレアにも振ると抗議するような声を出した。
クレアの方は俺とは違うけど、何度かコッソリ深呼吸しているのを横で見ていたからな……エッケンハルトさん達が、妙に冗談かもしれない事を話していたのは、気付いていたからだろう。
というか、なんでエメラダさんが緊張しているだけで、ここまで大事になっているのかとか思ったりもするけど……とりあえず、なんとかさっきまでよりは緊張が解れたようで、皆に向かい合ってくれた。
「申し訳ありませんでした。えーと、先程の話しの中でクレア様の仰る通り、抜けていた事があります。王都方面に販路を拡げても、広がるのには時間がかかります。だからこそ優先して先に販路を築いておき、その間に別方面での販路をと考えています」
「ふむ、成る程な」
エメラダさんが緊張のあまり、飛ばしてしまっていた話。
王都から国中に評判が広がるとしても、口コミだからかなりの時間がかかる……それこそ年単位でもおかしくない。
だから先にそちらで広まるよう仕掛けておいて、公爵領はその間にというわけだな。
特に公爵領をないがしろにしているわけでも、王都の方を優先しているわけでもない。
他にも理由があるけど、とにかくエメラダさんの話の通りクレア達はまず、公爵領北西での販路の拡大を目指す事になっている。
理由の一つとしては、別邸がある方向というのもあるけど……あちら方面に行けば、クレアがティルラちゃんの様子を見られるからな――。
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