父親と向き合うイベントが発生しました
「いや、この場でだな。先程もそうだったがクレアが以前に戻ったようでな……頬を膨らませてむくれていただろう? あれは、小さい頃のクレアはよくやっていた癖なのだが、最近はとんとそれを見なくなってな……母親が亡くなってからだろうか……」
「お、お父様……」
クレアはよく頬を膨らませる事があるし、それを突いてからかった事もある。
でも成る程……言われてみれば、これまでのクレアというか出会ったばかりの頃は、そういう仕草をしていなかった。
エッケンハルトさんの、母親が亡くなってからという言葉で思い当たったけど、こうしなければならない、こうして公爵家の娘として淑女にならねば……と思い込んでいたクレア。
それを、思うようにと俺が言ってからだったかな? ちらほらと頬を膨らませたり、表情がころころと変わるようになったのは。
それまでも表情はよく変わって、顔に出て隠しきれない方だったとは思うけど……あれがきっかけになって、クレアが徐々にでも昔に戻る……いや、変わっていったのかもしれないな。
俺の言葉で、成長かどうかはわからないが、クレアの気持ちが幾分かでも楽になってくれていたのなら、嬉しい。
多分、細かな事はわからなくても、先程からのやり取りでそれを感じたのかもしれない。
思い立ったら……という行動力のある人だ、だから今この場でなんだろうな。
「私も、あれがいなくなってからは、父親としてこうしなければという思いが強かったように思う。それを解きほぐしてくれたのも、タクミ殿とレオ様だ。お見合の件なども、タクミ殿達がいなければ、まだすれ違ったままだったかもしれないくらいだからな」
「いえ……」
「ワフ」
「改めて、タクミ殿。ありがとう。そしてこれからも、クレアをよろしく頼む」
「お父様……」
「……はい。任せて下さい、と自信を持って言えないような、情けない人間ではありますが……クレアと楽しく過ごして見せます」
「ワフ!」
村の人達、使用人さん達や護衛さん達、従業員さんの一部やユートさん達も見ているのに、恥ずかしい……なんて事は思わない。
場所としてはどうかと思わなくもないけど、エッケンハルトさんが、クレアの父親がこうして頭を下げ、娘を託そうとしてくれているんだ、俺も応えないといけない。
自信を持って任せてとは言えない自分が情けないけど、クレアと一緒に楽しく過ごして共に幸せにという気持ちは間違いなくあるんだから。
レオも同じく、俺と一緒に力強く頷いてくれた。
「父親としては、自信を持って任せろと言ってもらいたかったのだがな? まぁ、タクミ殿らしいか。絶対に守って見せる、なんて事を言っていたらこの場で鍛錬の成果を見せてもらう事になったかもしれんが……」
「もう、お父様。そんな冗談で誤魔化さなくてもいいでしょうに……」
「ははは……まだまだ不甲斐ないので、絶対守るなんて事は保証できません。けど、レオや他の皆と協力していけばと思っていますよ」
空気を和らげさせるように、冗談めかして言うエッケンハルトさん。
クレアはそのまま受け取って、エッケンハルトさんなりの冗談だと思ったみたいだが……目が笑っていなかったからなぁ。
多分、本当に模擬戦くらいはしていた可能性は高い。
だからといって、クレアは渡さないとか私に勝ってみろ! とかまでは言う人じゃないけどな。
「ワフワフ! ワフー!」
「リーザも、リーザも一緒にいるから大丈夫! クレアお姉ちゃんといっぱい楽しんで、笑うよー!」
「ははは、そうかそうか。レオ様もリーザも、クレアといてくれるのだものな。これは安心だ!」
最強らしいシルバーフェンリルのレオがいてくれる。
皆を和ませる雰囲気を持ったリーザがいてくれる。
うん、俺だけだったら難しいけど、皆がいれば大丈夫だな……もちろん、使用人さんや護衛さん、従業員さんや……何か物凄く生暖かい目をしてこちらを見ている、ランジ村の人達もだ。
「さてと、では村に迎えられようじゃないか。タクミ殿とクレアが先頭だな!」
「ちょ、お父様押さないで! それに、お父様は先に来ているのですから、迎えられる側ではないでしょう!?」
「ふっふっふ、私は迎えられつつも仲が良い二人の姿を後ろで見ているのが、楽しみなのだよ! ほら、ティルラも一緒に、姉と義兄の二人を見守ろうではないか!」
「はい! 姉様、義兄様!」
「ティルラちゃん、ちょっとま……って、レオまで!?」
「ワフワフ~」
「リーザも押すー!」
恥ずかしくなったのかなんなのか、いきなり後ろに回ってクレアを村へと押し始めたエッケンハルトさん。
さらにティルラちゃんも続いて、レオやリーザまで加わった。
レオの力かエッケンハルトさんの剛力か、その場に留まる事も逃げる事もできず……クレアと肩をくっつけ合いながら、ランジ村の入り口をズルズルと通された。
「ほらほら、二人の仲がいいところを見せてくれるのだろう?」
「いや、強制されて見せる物じゃないと思いますけど!?」
「無理に見せる事でもありませんよお父様!?」
なんて俺とクレアの叫びが響いても、強引なエッケンハルトさんを止めてくれる人は誰もいない……どころか、後押しするような雰囲気で満たされていた。
レオまでエッケンハルトさん側についているから、俺やクレアだけじゃどうしようもないか。
格好付かないなぁ……。
「えーと……ハンネスさん。それからランジ村の皆さん……ご迷惑をおかけする事もあるかと思いますが、よろしくお願いします」
エッケンハルトさんやレオ達に押されて、入り口に入ってすぐ俺達を迎えるために勢ぞろいしていた村の人達、それから代表して先頭にいるハンネスさん達の前に立つ。
少しの間のあと、エッケンハルトさん達が手を離したのがわかって、改めて村の人たちに向けて挨拶をしながら深々と頭を下げる。
クレアも、俺の隣で頭を下げたようだ。
こういう時、貴族だからと偉ぶらずにちゃんと頭を下げられるクレアだからこそ、評判がいいんだろうなと実感する。
「いえいえ、こちらこそよろしくお願い致します。村の者達全員が心待ちにしておりました。タクミ様やクレア様を村に迎える事ができて、望外の極みでございます」
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