物理は応援とは言わないようでした
「そういえば、今朝はどうしてあんな事に?」
とりあえず、クレアの少人数旅への興味は今は我慢してもらっておいて……ユートさんにどうしてミノムシ状態になっていたのかを聞いてみる。
ランジ村からラクトスまでの往復、数日間くらいならいずれレオ込みでなんとかできないかな、と思ったりしているのは、まだクレアには内緒だけど。
「あ、そうだそうだ。緊急事態だったからどこかへ行っていたけど、聞いてよタクミ君!」
「まぁ、俺から聞いた事だから聞くけど……」
急に前のめりになるユートさんに、自分から話を切り出した事に若干の後悔をしつつ、耳を傾ける。
「酷いんだよ、ルグレッタは。ただちょっと、もどかしい二人の背中を押そうとしただけなのに。それであれだけ怒るんだから……!」
「えっと、もどかしい二人……?」
「誰の事でしょう?」
ユートさんの物言いに、思わず顔を合わせる俺とクレア。
というか、背中を押すだけでルグレッタさんがあの迫力を醸し出す程、怒るかな?
あと、いつも怒られて嬉しそうな様子になるし、ミノムシ状態でも楽しそうだったから本当に酷いと思っているのかは怪しい。
「お二人の事ですよ。タクミさん、クレア様」
「ルグレッタさん? え、俺とクレア?」
「私達、ですか?」
「げっ……」
いつの間に来たのか、食事を終えたらしいルグレッタさんがユートさんの後ろに立っていた。
こちらに来るまでに話が漏れ聞こえていたのか、答えを教えてくれる。
ユートさんは、まずいと言った風に声を漏らしていたけど。
って、もどかしい二人って俺達の事だったのか……。
「もどかしい二人、というと確かにクレアお嬢様とタクミ様の事しかありませんな。お二人に関しては、いつも屋敷の者達全員がもどかしく感じておりましたから。今は、大丈夫そうですがな?」
「セバスチャンさんまで……」
そう言って楽しそうに笑うセバスチャンさん。
なんだろう、この世界の人達……特に誰かの使用人とか護衛とかをしている人って、気配を消してコッソリ近付く習性でもあるのだろうか?
……いや、セバスチャンさんの事だから、楽しそうな話の雰囲気を察知してどこからともなくって、可能性もあるか。
ルグレッタさんとは違い、口元をハンカチで隠しながらモグモグしているし。
食事は焦らず食べないと、消化に悪いですよ?
「からかおうとしたって、もう私にその手のからかいは通用しないわよ?」
「おや、そうでしたか。これは失礼を。クレアお嬢様も成長なさっておりますな、ほっほっほ」
ちょっと頬を膨らませて、拗ねたようにセバスチャンさんに言うクレア……可愛い。
セバスチャンさんは、楽しそうに笑っている。
からかうのに失敗したというよりは、最初からこの反応を予想していたって感じだ。
「タクミさん、クレア様。昨夜はお二人……レオ様やリーザ様もいらっしゃいましたか。とにかく、ゆっくりとお話をされていましたよね?」
「そ、そうですね……」
焚き火の前で和やかに過ごしていた時の俺やクレアを、見られていたのか。
いや別に隠していたわけじゃないし、外だから誰かに見られていても不思議じゃないし、当然でもあるけど。
「その時、閣下がコッソリと闇夜に紛れて近付いて行っていたのです。レオ様は気付いていらっしゃったようでしたが」
「……レオちゃんに、尻尾ではたかれちゃったからね。邪魔するなって事だったんだろうけど」
「俺達が話していた裏で、そんな事が……」
「レオ様、ありがとうございます」
全然気付かなかった……気配に聡いわけじゃないから、ユートさんがコッソリとか絶対に気付きそうにないけど、気配どころか姿を消せる人だし。
とりあえずレオは、後で褒めておこう。
邪魔されたら、落ち着いて話すどころじゃなかったかもしれないし、従魔関係の話だけじゃなく、昨夜はゆっくりクレアと話せて楽しいながらも落ち着いた時間を過ごせたから。
クレアも俺と同じ気持ちなのか、ユートさんに聞こえないように小さく呟いていた……セバスチャンさんにも聞こえたようで、深く頷いていたけど。
「それで、なんでそこから朝のような事になったんですか?」
「それはもう、閣下が盛大に邪魔をしようとしてしまいまして。レオ様の尻尾を掻い潜るには、なんてブツブツ呟いておりました」
「邪魔はひどいなぁ。僕は応援しようとしてだね……」
「閣下は、手が滑ったぁ! とか言いながら、男女の顔をぶつける……もとい、口を強制的に触れさせる事を、応援と言うのですか?」
事情を話してくれるルグレッタさんに、口を尖らせて抗議するユートさん。
だけどルグレッタさんは、眉をピクピクさせながらユートさんを剣呑な目で見て、問いかける。
ルグレッタさん、中々の迫力。
「いや、それは……ほら、粘膜的接触をしてようやく気付くお互いの気持ちってのも、ある……かなって?」
「そんなものありません! それと、言い方がいかがわしいですよ!」
「はい、すみません!」
弁解するユートさん、だけど粘膜的接触って……。
口を強制的にって言っていたから、それはつまり接吻、キス。
婉曲的でありながら生々しい言い方を、ユートさんは態としていると見た。
食事の手を止めて背筋を伸ばして謝っているけど、表情は楽しそうだし……ほんとこの人は……。
「まぁ、そういうわけで、閣下が余計な事、いらぬお世話、ありがた迷惑、な行動をしかもレオ様の尻尾に触れてなお行おうとしていたので、少々諫めていたのです」
「そこまで言う事は……ないんじゃない?」
「閣下が反省しないからです。いいですか? どれだけもどかしいとしても、気持ちを自覚し、相手の気持ちを慮るのは強制させる事ではありません。それが、男女であるのならなおさらです」
「うぅ……」
さすがのユートさんも、ここまで言い募られたら楽しんではいられないのか、落ち込んだ様子で俯いた。
しかしルグレッタさん、もしかしてレオの尻尾を触ってみたいとか思っているのかな? キリッとした見た目と雰囲気で、冷たい視線を主にユートさんに向ける感じからはあまり想像できないけど。
……ヨハンナさんの例があるから、意外とまでは言えないか。
大変そうだから、レオに触ってもいいか俺から頼んでおいた方がいいかも――。
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