出発の朝でも甘い雰囲気は欠かせませんでした
「おはようございます、タクミさん」
「おはよう、クレア」
「ん……やっぱりこうすると、一日が始まる感じがして……頑張ろうという気になりますね」
「ははは、クレアがそう思ってくれるなら良かったよ。俺もだけどね」
目が覚め、朝の支度のためにリーザを連れてライラさんやレオが出て行った後の、俺の部屋の中。
起きた直後にも挨拶をしているんだけど、改めて抱き合って距離をゼロにした状態でもう一度挨拶。
あれから今日まで……そんなに日数は多くないけど、毎日朝晩おはようとおやすみの挨拶をこうして抱き合ってするようになった。
俺が忘れていると、クレアが正面に来て上目遣いで軽く睨みながら「んっ!」と言って腕を広げるのは、色々と大変だった。
主に、俺の理性とかそういう何かが。
クレアにとっては、これまで待たせていた事もあり、溜まっていた感情を爆発させているのかもしれない。
ちなみに、レオはリーザが朝の支度をしている時、俺の支度を見ながら部屋で待っているのが常だったんだけど、クレアへの告白翌日からリーザと一緒に行くようになった。
気を遣われている……と思いながらも、クレアといると湧き出る幸福感がものすごいので、今まで通りとは言えないでいるんだけど。
ただ、お互いの事だけに集中して二人の世界に入り込んでしまうと、時間を忘れてリーザが戻ってきてしまい、結局レオやライラさんに見られてしまったりする事も……。
気を付けてどうにかなるかは、自分でも理性に対する信頼がないんだけど、一応気を付けよう。
「いよいよ、ですね」
「そうだね」
至近距離で顔見合わせ微笑み合う。
多くを語らずとも通じ合っている、というわけではないけど、今日話題に出すとしたらランジ村に行く事くらいだ。
「準備が大変……だったのは俺よりクレアの方だけど、これから頑張らないと」
「そうですね。タクミさんの『雑草栽培』で、多くの人が病や怪我に悩まされないように、私も頑張ります」
雇用者を決めたり、フェンリル達の事だったり、その他にも大変だと思う事は色々あったけど、ランジ村に行く準備として大変だったのはクレアだろう。
まぁ、一番大変だったのは手伝っていた使用人さんかもしれないけど。
ともあれ、ランジ村で薬草畑を本格的に始動して広く薬草と薬を行き渡らせる……クレアの言うように病や怪我に悩まされる人が、少しでも減れば俺の『雑草栽培』にも大きな意味を持たせられる。
これまでが意味のない能力だったわけではないし、減らせるだけで病や怪我そのものを失くす事はできないけど……。
「あ、でも……」
「どうしました?」
「いやその、まずは薬草畑で薬草の栽培をしてからになるけど、薬や薬草の販売が本格化したらクレアとあまり一緒にいられないなって……思っちゃったら少し寂しくなってね」
「まぁ。でもそうですね……タクミさんの作った薬草や薬を広めるためですもの、私も頑張って交渉してきます。もちろん、私も寂しくは感じますけど……」
そう言って、さらにギュッと抱き着いて来るクレア。
俺はランジ村で薬草畑や薬を作る。
クレアはランジ村から離れて別の街や村へ、卸し先の交渉や場合によっては直接販売する。
当然ながら、一緒にいられる時間は限られてしまうな。
「……今のうちに、クレアを存分に堪能しておかなきゃ」
恥ずかしく思いながらも、誰も見ていないのだからと、大胆に俺からもクレアを抱き締める力を強める。
もちろん、クレアが痛がらない程度に加減してだけど。
「もう、タクミさんったら。では私も……。タクミさん、一時離れる事があってもすぐにまたここに戻ってきます。そのために、フェンリル達にも協力してもらうのですから」
ここに、とクレアが言うのは今いる屋敷の事ではなくて、お互いを抱き締め合っているこの状況。
俺の腕の中……と言う意味だろう。
クレアの落ち着いた声音と意味を理解して、耳まで熱くなる。
「えー? フェンリルの協力は、クレアが早く移動するためだったの?」
照れ隠しに、ちょっとだけおどけて冗談を言う。
まだまだ俺も未熟だなぁ。
「ふふ、そうかもしれませんね。タクミさんが考えた、駅馬もありますけど……一番の理由は、私が早くタクミさんのいる所へ戻るためかもしれません」
「そ、そう……うん、嬉しいよ」
照れ隠しとはいえ、からかい混じりでもあったのに、クレアからはさらに顔が熱くなる答えが返ってきた。
キャッチボールで変化球を投げたら、ど真ん中ストレートの剛速球を投げ返された気分だ。
照れてしまった事や、顔が熱くて赤くなっているであろう状態を隠すために、そっとクレアの後頭部に手を添えて、髪を撫でおろしながら俺の胸に顔を埋めさせた。
「ふふ、ふふふ。やっぱりタクミさん、ドキドキしてくれているんですね?」
「うっ……それは、気付かなかった事にして欲しいなぁ……」
けどそれは悪手だったようで、跳ねている鼓動がクレアに知られてしまった。
俺の腕の中で身じろぎしたクレアは、心臓の鼓動を聞くためなのか顔を横にして耳を俺の胸に付けているし……。
隠すつもりは最初からなかったけど、指摘されたり聞かれたりすると恥ずかしいもんだ。
「……でも、こうしていると、本当に幸せを感じますね」
「うん。まだ恥ずかしくも感じるけど、俺も同じだ」
好きな人と抱き合うというのは、こんなにも幸せな気分にさせてくれるのだと、ここ数日で実感した。
「髪を撫でられるのも……いつ以来でしょうか。使用人に梳いてもらう事はありますけど……お父様とは、少し違いますね。お母様を思い出します」
「お、お母様って……」
「ふふ、もちろんタクミさんが男性だというのはよくわかっていますよ? でも、こうして優しく撫でるのは、お母様以来……お父様は、荒っぽいですから」
「ははは……エッケンハルトさんなら、確かにそうかもね」
クレアの髪を撫でおろし続ける俺の手。
うっとりしたようなクレアの声に、喜んでいる様子が伝わって来る。
お母さまと言われたのは少し驚いたけど、それは優しく撫でられる事に対してってわけか。
父親として小さい頃のクレアを撫でる事は、エッケンハルトさんにもあったんだろうけど……実際、ティルラちゃんを撫でる姿は何度も見ているし。
けど、あの人は優しくというよりも、荒っぽく撫でるのが似合っている。
豪快な人だし、撫でるとは違うけど俺も初めて会った時には、背中をバシバシと叩かれたっけな――。
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