クレアに仕返しの仕返しをしました
「ゆ、夢じゃなかったのはわかったのですけど、タクミさんに直接確かめたくて……いてもたってもいられなくなり、無作法ではありますがこの部屋に」
つまり、昨日の事を確かめるためにこの部屋に来たと。
花はさすがに持って来ていないけど、ネックレスを身に付けている時点で夢じゃないとわかっていても、ちゃんと確かめたかったんだろう。
気持ちはわかる……多分俺も、クレアが今ここにいなければ昨日の事を思い出して、ソワソワしていただろうから。
……さすがに、クレアの部屋に直接行く行動力はないけど……というか、男が朝から女性の部屋を訪ねるのは問題になりそうだ。
「……それで、俺の寝顔を覗き込んでいたんだね?」
「つ、つい……すみません……」
俺に怒られると思ったのか、俯いて体を小さくさせるクレア。
寝顔を見られていたという恥ずかしさはあるけど、怒るつもりはない。
これまでなかった事じゃないし。
「クレアは仕方ないなぁ……じゃあ、確かめるついでにちょっと目を閉じてくれるかな?」
恥ずかしさやら諸々の葛藤みたいなものを押し殺し、精一杯の虚勢を張って困っている風を装ってクレアに言う。
これは、昨日クレアがやった仕返しのさらに仕返しだ。
「は、はい……」
何をされるのか、身を固くするクレア。
俺って、そんな朝部屋に来て寝顔を見ただけで、酷い事をするような男に見えているのだろうか? と少しだけ心配になる。
そんな事をする気はない……と、これからクレアに伝えて行かないとな。
「ん……」
「ひゃっ!? タ、タクミさん!?」
俯いて、ギュッと目を閉じたクレアを包むように、優しく抱きしめる。
ちょっとやり過ぎかと思ったけど、クレアが安心できるように長い金髪を回した手でゆっくりと撫でた。
ちょっと、いつもリーザにやっている時のような撫で方になってしまったのは許して欲しい……こういう事には慣れていないから。
「昨日クレアが俺にやった、仕返しの仕返しだよ。どう、これで少しは昨日の事も信じられるかな?」
「少しだなんて、と、とんでもない。あぁ……良かった……」
仕返しの仕返し……と言うと少し物騒にも聞こえかねないけど、俺とクレアは少し違う。
体が強張らないように、虚勢を張っている事を悟られないように気を付けながら、昨日の事は本当にあったのだと、夢なんかじゃないんだと伝えるように、声を掛けた。
クレアは硬くしていた体から力を抜き、昨日のようにゆっくりと俺の体に手を回して、お互いに抱き締め合う。
良かった……安心してくれたみたいだ。
「……ふふ。タクミさん、ドキドキしているのが伝わってきます」
「それは……伝わらなかった事にしてくれないかな?」
少し余裕ができたのか小さく声を漏らすクレアが、今の俺の状態に気付いたようだ。
表には出さなくても、大胆な事をしている自覚がある俺……クレアを抱き締めて鼓動が激しくならないわけがない。
当然ながらクレアに伝わってしまっているけど、恥ずかしいので誤魔化したかったのに……。
こういう時というかいざという時、肝が据わっているのは女性の方なのかもしれないな……クレアも、全く緊張していないわけじゃないと思うけど。
「できません。こうしているだけで安心できますけど、私もドキドキしていますから。恥ずかしいですけど……ふふふ、タクミさんと一緒だと思えて嬉しいです」
「そ、そうなんだ。うん、まぁ俺も……クレアと一緒と思うと、嬉しいよ」
「ふふふ……」
俺の腕の中で、本当に嬉しそうな声を漏らすクレア。
そうだなぁ……俺だけというわけではなく、二人一緒と考えるとクレアが言う通り嬉しい事だと思う。
恥ずかしさは変わらないけど、嬉しさが勝っているためこれでいいとすら思える。
クレアが言っている、安心できるというのもこういうことかもしれないな……二人で同じ気持ちなんだって事。
「知っていますか、タクミさん?」
「ん?」
幸せというのか、沸き上がる喜びに似た何かを噛みしめている俺に、ふと顔を見上げて上目遣いになったクレアから聞かれる。
「私がタクミさんの事を……その、意識し始めたと言いますか、気にし始めた最初の事……です」
少しイタズラっぽい目をしながらも、やっぱり恥ずかしいのか頬を赤くして小さな声になるクレア。
きっと、クレアは俺に自分の事を知って欲しいと思ったんだろう。
それにしても、俺の事を意識し始めたきっかけかぁ……初めて会った時は、レオの事を見て驚いていたから違うだろうし、シルバーフェンリルになったレオと一緒にいたから、意識していたのは間違いないと思う。
いや、気にしていたってだけで、男として見ていたっていうのとは違うと思うけど。
「うーん……わからない、かな。クレアは俺なんかと違って、綺麗で魅力的で……それは見た目だけじゃなくて内面、性格も含めてだけど。他に相応しい男性がいるって思っていたし、俺はレオと一緒にいるから親身になってくれているんだって考えていたからね」
「もう……タクミさんったら……」
頭を捻って考えても全くわからないため、正直に降参する事にした。
ただクレアは、俺が言った魅力的とかきれいという言葉に照れているようだ。
俺から言われたからだと自惚れてもいいのかな? 実際、これまでにも多くの人から似たような事は言われているはずだし……日本だと外を歩いていたらすれ違う人のほとんどが、振り返る程の美人である事は間違いない。
まぁ、こちらでは、特にラクトスではレオが目立っているからそっちばかり見られているようだけど。
それでも、クレアが全く注目されていないわけじゃないからな。
「……実を言いますと、最初に会った時からなんです」
「最初って事は、もしかしてレオがオークに襲われそうになっていたクレアを、助けた時?」
クレアとの出会いは、間違いなくそれだ。
日本からこの世界に来たんだから、実は覚えていないだけで昔会っていた……なんて事はない。
「はい。その……レオ様には確かに目を奪われました。オークを華麗に倒す姿や、銀色に輝いてすら見える毛並み。雄々しい姿……」
「ははは、レオは雌だから雄々しいと言って喜ぶかわからない……いや、喜びそうだね。でも確かに」
恰好いいという言葉や、雄々しいという言葉が雌のレオにとって誉め言葉なのかどうか、疑問に思う事はある。
けど実際、恰好いいと言って褒めた時に喜んでいたし、尻尾も振られていたから誉め言葉になるんだろうな――。
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