ギリギリで走り終わりました
「パパー、もうすぐだよー!」
「ワフワフ!」
「頑張ってください、タクミ様!」
「はぁっ! はぁっ! ぐっ……はぁっ……!」
傍らから聞こえる声援に、答えられないのが申し訳ないが、確実に止まりそうになる俺の足を前へと進めてくれる。
もうすぐと言ったのは、リーザか……確かに、ラクトスの外壁がかなり近くなっていて、門らしき物が見えた。
あと、もう少し……どれくらい走ったのだろうか?
正確な距離は測定されていないからわからないけど、確か屋敷からラクトスは馬で一時間程度だったはず。
馬車を曳いている馬だともう少しかかるけど……馬が持続して走れる速度で一時間とするなら、大体十キロ以上、二十キロはないはずだ。
馬の速歩は、時速十五キロ前後だったはずだから。
ハーフマラソンよりも短い距離だけど、一定を保つ事を意識しながらも結構なハイペースで走っていたから、今まで感じた事のない疲労を感じる。
全身が、酸素を求めて悲鳴を上げているようだ……。
ほんと、なんでこんな辛い事を自分でやっているんだろう?
マラソン選手は、いつもこんな思いをしても走っているんだろうか? そういえば、ランナーズハイという言葉があったっけ。
体が軽くなる感覚だとか、陶酔感などをよく言われるけど色んな説があるとかなんとか……長距離走で、ランナーズハイらしき何かを感じられるのは実は違って、その先にあるとかってのも聞いた事あったっけな……。
なんにせよ、今の俺は辛さしか感じていないので、ランナーズハイになっていない事は間違いないか。
なんて考えつつも、数人の鎧を着た人達が集まり、こちらを見て驚いている場所に近付いていく……。
あれ、なんで驚いているんだろう? まぁ、とにかく……。
「これで……! 到、着……ぶはぁっ! はぁっ! はぁっ!」
集まっている人達の前まで、なんとか体を前に進め……倒れ込むように、滑り込ませるイメージで到達。
立っていられないどころか、そのまま手を突いて地面に寝そべり、荒い息をしつつも酸素を求めて仰向けになる。
この際、服が汚れるとかそんな事は気にしていられない。
「……レオ様、ありがとうございます」
「ワフ」
「タクミ様、お疲れ様でした。無事、ラクトスまで到着しましたよ」
「はぁっ、はぁっ!」
ライラさんとレオの声が聞こえた気がするけど、呼吸をするのも億劫で、けどしかし、酸素がないとさらに苦しくなるため、荒い息を続ける俺。
激しい運動後は、本当ならクールダウンのために少し動かしておいた方がいいらしいけど、もうしばらくは動けそうにない。
なんでこんな事をしているんだろうか……? あぁ、もう何も考えたくないな……。
「はいパパ、ママが出してくれたお水だよ!」
「……はぁっ! はぁっ! あ、ありがとう……クレア……」
「んー? リーザはリーザだよ、クレアお姉ちゃんじゃないよパパ?」
「ふふふ、つまりそういう事ですね、タクミ様。おっと、そのまましばらくお休みください。こちらの事は私が……」
「え………?」
この時の事を、疲れすぎていたせいでよく覚えていなかったんだけど、後で聞いてみると俺はリーザの事をクレアと間違えてしまっていたらしい。
リーザにクレアお姉ちゃんと間違えないで、と言われてしまった……ライラさんとレオは、楽しそうにしていたけど。
そういえば、何も考えられないと思いながらも、頭の中ではクレアが笑っている姿が思い浮かんでいたような……?
正直なところ、クレアの事を理由に走ったから限界が来た時に思い浮かべるのも、クレアになるのは当然だよなぁ、なんて大分後になって気付いたのはここだけの秘密だ。
「はぁっ……ようやく落ち着きました。ありがとうございます、ライラさん。リーザとレオもありがとうな?」
しばらく後……多分十分以上かかって息を整えて、水と一緒に疲労回復の薬草を飲んで、ようやく落ち着いた。
衛兵さん達の対応をしてくれていたライラさん、水を用意してくれたリーザとレオにもお礼を言う。
筋肉を回復させる方ではなく、疲労を回復させる薬草を選んだので、立ち上がるのに足が震えてしまうが……仕方ないと諦める。
「いえ、これくらいの事は。そのために同行したようなものですから」
「うん!」
「ワフ!」
ライラさんは衛兵さんに事情の説明をしてくれていた。
俺がここまで走って来た時、後ろに大量のフェンリルを連れていたので魔物に追われて逃げ込んできたんじゃないかとか、むしろ魔物を連れて攻め込んできたんじゃ……なんて思われていたようだ。
レオと俺の事は知られているけど、俺が必死の形相をしていたのでただ事じゃないと感じたらしい……お騒がせしてすみません。
俺の形相に関しては、あまり触れないでもらえるとありがたいです。
「さて、ラクトスに到着したものの……さすがに、このフェンリル達を全て厩でってのは、難しいですよね?」
さらに少し経って、立っていても疲労で足が震えないくらいに回復して、顔見知りの衛兵さんと話す。
ずらりと並んだフェンリル達……その数二十。
街中を自由に歩かせるわけにもいかないし、かといって連れ歩くにも管理するための人が足りない。
衛兵さんから誰か来てもらえばとも考えたけど、余計な仕事を増やすのも申し訳ないからな。
「申し訳ありません……多少の混乱はあれど、通り過ぎるだけならなんとかなるのですが……」
そう思って、フェリーやフェン達が来た際には厩で待機してもらっていたのを思い出し、聞いてみたけどやっぱり首を振って謝られた。
謝る必要はないんだけど……無理を言っているのは俺なんだし。
ともあれ、どうにかしないと。
残念そうにしているフェンリル達を見て、無計画に連れて来てしまった俺が考えなきゃいけない。
とはいえ、街の入り口近くで待たせておくのもできない。
こうしている間にも、ラクトスを出入りする人達が通りがかりに何事かと、目をむいて驚いているのを何度か見かけた。
他の衛兵さんが気にしないようにと言って、先を促してくれているから人が止まって集まるって事はないけど。
「あ、そうだ。そういえば街の南は森になっていますよね?」
「えぇ。ここからも木々が見えると思いますが……あちらですね」
衛兵さんに聞いて示してもらった方向、ラクトスの外壁が途切れた辺りで、生い茂っている木々が見えた。
ブレイユ村にも通じる森だな――。
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