妖精が潜んでいました
ライラさんに言った言葉にはまだ続きがあったけど、なんとなく言うのが躊躇われて、途中で切った。
それでもライラさんは理解してくれたようだ。
俺が聞いた言葉は、浮ついた気持ちや軽い気持ちではなく、本心を確かめるための手段として使われた言葉だけど、今考えると確かにと思ってしまう。
息をするのすら億劫になるくらいなんだから、何も考えられなくなるくらい疲れ切っているわけで、それなのに自然と思い浮かぶ相手の顔。
ならそれは、簡単な気持ちじゃないんだろう――。
ならそれは、言い訳も何もない君の本心なんだろう――。
何も考えられないはずなのに、求めてしまう気持ちは紛れもなく君のものだ――。
最後はそう締めくくられるその言葉を、初めて聞いた時はそんなもんなのかな? という程度にしか考えていなかった。
けど今の俺には、よくわかる言葉になってちょっと試したくなったってわけだ。
別に、自分の本心を疑っているわけじゃないんだけども。
「……それだけの事をして、自分のお気持ちを確かめようとする。クレアお嬢様は果報者ですね」
「俺が勝手に考えてやろうとしているだけですけどね……」
微笑むライラさんに、苦笑で返す俺。
クレアのためにというわけではなく、俺がやってみたいからというだけの自己満足な気がするので、ライラさんの言うような果報者かどうかはよくわからないけど。
実際にやる事なんて、ただ屋敷からラクトスまで走るだけだし。
「確固たる気持ちを持ち、想われる。それだけでも嬉しいものですよ」
「……そうかもしれませんね」
大袈裟かもしれないけど、強い気持ちで想われるというのは嬉しいものかもしれない。
男女問わず。
弟を見守る姉のような、優しい視線をライラさんから向けられて気恥ずかしくなった俺は、顔ごと視線を逸らす。
顔が赤くなっていないか少し心配だ……覚えのある視線なんだよなぁ、苦手じゃないけど恥ずかしさが沸き出て来る。
「まったく、よくわからないのよう」
「っと」
そんな俺の前に、レオの体から分離したモコモコがふわりと飛んで来る。
真っ白なモコモコは、小さいせいもあって完全にレオの体……というより毛に入り込んでどうかしていたようだ。
「フェヤリネッテ、そんなところに潜んでいたんだな」
フェヤリネッテ……モコモコした羊毛のような毛に包まれ、というかそこから手足と顔が生えたような生物で、一応妖精らしい存在。
名前に関しては、妖精という種族名で呼び続けるのもなんだし、ゲルダさん個人と契約しているのでゲルダさんが名付けた。
名前の意味はまんま「妖精」らしいけど。
「ゲルダちゃんから、人間の男女についてもっとよく知るべきと言われたのよう。だから、監視していたのよう」
「監視って……」
そのフェヤリネッテは、俺やレオの顔あたりを飛びながら理由を話す。
ゲルダさんに男を近付けないようにしていたのが、ずっとドジの原因となっていたわけだけど……ゲルダさんから男女について色々言われたらしい。
まぁ男女の機微とか、男女の関係についてよくわからないからというのが、ゲルダさんを失敗させていた要因になっていたようだからな。
フェヤリネッテと、セバスチャンさんやクレアを交えて話していて判明したんだけど、なんでも妖精は女性しか存在しないんだとか。
正確には男性も女性もなく単性種族らしいが、見た目と声や喋り方が女性っぽいので、一応女性として扱うようにしている。
ただそれでどうやって種族が存続して、増えて行くんだろうか? とか、もしかして細胞分裂でも? なんて事を考えた。
一定以上の年月を生きた妖精は、その生を終えると決めた際に一体以上の子を成すのだと……子を成す事に対する詳細は、妖精でのみの秘匿らしくて話せないと言われた。
多分だが、フェヤリネッテもわからないんだろうと思う、生を終える場合にのみって事は経験があるわけないし、親から教えられる事もないわけで……話をしているフェヤリネッテ自身も、ぼんやりとした説明だったから。
他の妖精から教えられるという事はあるだろうけど、フェヤリネッテ自身がまだ若いうちにゲルダさんと契約してそこから一緒にいると言っていた。
だから、教えられる機会がなかったんじゃないだろうか。
「男女の事を知るには、今色んな所で話が出ているタクミちゃんとクレアちゃんを見ているのが、一番良さそうなのよう!」
「……色んな所って、屋敷の中だけだろうに。まぁ、理由はわかったけど」
タクミちゃんと慣れない呼び方をされて、一瞬言葉に詰まりかける。
ゲルダさんにもそうだったけど、フェヤリネッテは誰に対してもちゃんを付ける。
ティルラちゃんやリーザのような子供に対してだけでなく……クレアやライラさんもだ。
まぁ、女性に対してだけならいいんだけど、俺も含めた男性も全てちゃんを付けて呼ばれるので、皆微妙な表情になっていたのを覚えている。
特に、セバスチャンさんはヴォルターさんの前で呼ばれて、筆舌に尽くしがたい表情になっていた。
セバスチャンちゃんとか、逆に呼びにくい気がしたけど。
ちなみに、そんなセバスチャンさんを見て笑っていたヴォルターさんも、ちゃんを付けられて微妙な表情になり、セバスチャンさんから笑われていた……あの親子はあれで仲がいいのかなんなのか。
喜んでいたのなんて、フィリップさんくらいかな? まぁあちらは珍しい呼び方をされた事を、面白がっていただけのようだが。
「そういうわけで、しばらく観察させてもらふぎゃっ!」
「ワフ!」
俺の前やレオの前を行ったり来たりしながら話す、フェヤリネッテだけど……いい加減目の前をウロチョロするのがイラっと来たのか、レオが前足ではたいた。
さすがに力はあまり入れていなかったようだけど、変な声を出したフェヤリネッテはそのまま地面に叩きつけられる。
「おー、結構よく跳ねるな。その毛どうなっているんだろう?」
モコモコの毛を持つフェヤリネッテは、その弾力性のおかげなのか、地面で跳ねて数メートル浮かんで落下し、また跳ねるを繰り返す。
まるでスーパーボールのようだけど……衝撃吸収能力が高いのは聞いていたが、そこまでの弾力性があるのか。
触ると、見た目のまま羊毛と同じような感触なのに。
謎の弾力性を誇る毛も姿を消せる能力と同様、妖精に関するよくわからない不思議の一つになっていたりする――。
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