野生よりも食欲の方が大事なようでした
「……フェリーが、ここやタクミ様と一緒にいると、美味しい物が食べられると言って、ヴォルグラウがそこに気付いたようです」
「あー……まぁ、間違ってはいないか」
今日もそうだけど、屋敷で出される料理は美味しい。
特にフェリーはハンバーグがお気に入りだ……ハンバーグを食べるためなら、喜んで働くと言うくらいに。
お腹を見せて転がっている姿もそうだが、野生とはなんだっけ? と俺が疑問に思ってしまうくらいだけど、その道にヴォルグラウを引きずり込もうとしているのか。
「バウ、バウゥ?」
「えーっと……それはどうなんでしょうか?」
「デリアさん、ヴォルグラウはなんだって?」
フェリーの発言により、先程まであった悲壮感のようなものが吹き飛んだヴォルグラウ。
尻尾を振り回しながら鳴いているけど、デリアさんは通訳してくれる前に首を傾げた。
何やら俺に伝えるのを躊躇っているみたいだけど……?
「いえその……今の契約を失くせば、美味しい物を食べられてここに置いてくれるのか? と……」
「……うーん……美味しい物を食べさせるのは別にいいし、ヴォルグラウを引き取るくらいは考えていたけど……」
その考え方はどうなんだろうか? 怪我をさせて捨てるくらいの主人だし、契約を破棄する事にヴォルグラウが前向きになってくれるのはいいとは思う。
けど、そういった考えで前向きになられるのはちょっと微妙だ。
「グルゥ、グルルグル。グルゥ……」
「バウ! バウワウ!」
「んと……」
デリアさんに訳してもらうと、フェリーがヴォルグラウに対して俺に従っていれば、近くに置いてくれるし美味しい物がいっぱい出て来るから、おとなしく言う事を聞けばいい。
あと、逆らうとレオが怖いからとも言っていたらしく、ヴォルグラウはレオに関してはともかく、美味しい物のためなら! と言って尻尾をブンブン振って喜びながら、俺やデリアさんの周りを駆け回っている。
……ここにいる価値の一つとして、美味しい食べ物を喜んでくれるのはいいんだけど……本当に野生とかプライド的なものとか、その他諸々を捨てている気がするけど、いいのだろうか?
まぁ、デウルゴがまともに従魔を扱う人物には思えないし、契約の破棄を嫌がったりヴォルグラウが落ち込んで暗い雰囲気になっているだけよりは、いいのかもしれないけど。
本当にいいのか……いいか。
細かい事を気にするだけ損な気がしてきた。
「はぁ……それじゃ、ヴォルグラウ。美味しい物をたくさん食べさせてやるから、契約の破棄には賛成でいいんだな?」
「バウ!」
吠えて勢いよく頷くヴォルグラウ……これは、デリアさんに通訳してもらわなくてもわかる。
食べ物で釣るような、餌付けしてしまったような微妙な気分になってしまったけど……まぁなんとかなるか。
ヴォルグラウに何かをしてもらうのは今のところ考えていないが、働かざるもの食うべからず、というくらい困窮しているわけではないからな。
懐かれて、餌付けもしてしまった俺の責任だし、ここまで拘わって投げ出すわけにもいかない。
「ふぅ……! よしわかった。それじゃ、これからよろしくなヴォルグラウ。……あ、ただ俺達と一緒にとなると、もう少ししたらこの屋敷じゃなくて別の場所に行く事になるんだが……」
「キューン?」
息を吐いて決断し、ヴォルグラウを撫でて責任を持って飼う……もとい引き取る事を決める。
ただ、ずっとここにいるわけではなくランジ村に行くから、と説明しようとすると、突然お腹を見せて甘えた声を出し、美味しい物が食べられないの? といった様子のヴォルグラウ。
いつの間にそんな芸を……と思って隣を見ると、全く同じ姿勢でこちらを見上げるフェリーの姿が……。
本当に、このフェンリルは野生をどこに置いて来たのか。
フェンリルの群れのリーダーなのに、それで大丈夫なのかちょっとだけ心配だ。
とにかく、ヴォルグラウにはランジ村に行っても変わらず美味しい物が食べられる事を約束し、そのためならどこでも付いて行くと言われ(通訳はデリアさん)、ヴォルグラウとの話を終えた。
通訳を担当してくれたデリアさんは、ちゃんと頭を撫でておいた……フェリーとヴォルグラウも撫でて欲しそうにしていたのにも対応したので、大変だったけど――。
「はぁ……」
ヴォルグラウとの話の後しばらくして立食会も終わり、お風呂に入って部屋に戻った瞬間、思わず溜め息が漏れる。
顔見せで緊張していたのもあるし、雇用する側として色々気も遣っていた……さらに予想外にヴォルグラウの事もあって、体はともかく精神的にちょっと疲れたからだろう。
レオを皆が慣れてくれるためとか、従魔契約の事とか、考える事が多過ぎたのもある。
屋敷に来ていた従業員達は、今晩泊まる部屋で休んでもらっている。
さすがに客室にも限りがあるため、数人に一部屋男女別で振り分け、使用人さんがお世話をしてくれる。
至れり尽くせりだけど、振り分けた従業員はそれぞれ今日が初対面で同室なのが多く、同じ釜の飯を食った仲というか、食事をして一晩過ごす事で打ち解けて欲しいといった計らいだ。
とはいえ、俺が雇った従業員でも畑で働く人、薬の調合などを担当する人でそれぞれ分け、クレアが雇った人達とも混ぜていない。
同じ場所、同じ役割で働く人でできるだけ固めるようしてある。
「タクミ様、多くの部屋では問題なく……むしろ盛り上がっているようで、遅くまで寝静まる様子はなさそうです」
「皆程々にでしたけど、お酒も入っていますからね。でも、盛り上がっているなら、仲良くなれたようで安心です。でも、盛り上がっていない所はどうですか?」
部屋でレオやリーザの相手をしてくれていたライラさん。
ゲルダさんやジェーンさん達が、他の部屋の様子をお世話係の使用人から窺い、その報告を受け取ってさらに俺にライラさんが報告してくれる。
使用人さんの間では、状況次第だけど執事長とメイド長が部下達の報告を受け取り、それを長を務める人が主人に報告する……という段階的な順序があるらしい。
俺は別に気にしないんだけど、とりあえず屋敷にいる間は試用という事で、公爵家の使用人さん達に倣ってやってみる事にしている。
「一部ではありますが、既に全員寝ている部屋もいくつか。打ち解けさせるための計らいですが……」
「まぁ、俺達だけなく他の人達も疲れている人もいるでしょうからね。気にせず休めているのなら、それはそれで打ち解けられているとも考えられますね」
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