スリッパに関する話がほぼまとまりました
「油の方は、量に不足はないの?」
「不足どころか、大量に採れるので加工の手間を考えなければ、ほとんど費用が掛からないと言っていいくらいです、クレア様」
話を聞いていたクレアから、ハルトンさんへの質問。
大量生産するとしても、油の量が足りなければ難しいから当然の疑問だ。
ハルトンさんによると、松脂……かどうかは定かじゃないが、使われている油はラクトス近くの森で大量に採れるらしい。
本当に松があるのかどうか、ちょっと見てみたい気もするけど……ともかく、加工にお酒を使うのでそこで多少の手間と費用が掛かる程度って事らしい。
「それなら、俺に断る理由はありませんね。元々、屋内で使える簡易的な履き物が欲しかっただけですから」
お金儲けとか、新しい商品というよりも使用人さん達による掃除の手間を、少しでも省くためだ。
まぁ、靴を履いたままよりもリラックスできそうだとか、日本人的な生活様式への思いもあるけど。
「ありがとうございます。これでなんとか、多くの注文に応えられそうです。とは言え、私共の店だけで全てを賄うには数が多いので、他の工房なども巻き込む必要がありますが……なに、一つ当たりの利益は少なくとも、数が売れるのであれば皆協力してくれるでしょう」
「他の工房って、耳付き帽子を作った?」
「はい。あちらは、帽子のデザインについて行き詰っていた者がおりまして。そこで、タクミ様やリーザ様がご要望された耳を隠すための飾りを付けた帽子を提案してみたのです。思ったよりも良い反響があり、多くの方にお買い求め頂いておりますよ。販売の主導はこの店ですが、製作の主導は別の工房になります」
「そういう事だったんですね……」
てっきり、リーザの帽子を要望した時、ハルトンさんが思いついて色々巻き込んでラクトスに流行らせたのかと思ったけど、実情は少し違ったみたいだ。
ハルトンさんのお店にも帽子は売られているけど、基本的にこの世界での帽子は、ファッションの意味合いよりも旅をする時などに頭を守るため、という考えが強いんだと思う。
金属製のヘルメットはともかく、布で作った物でも丈夫な物が多い……雨除けや防寒、砂除けが主な用途かな。
リーザに買った耳隠しを取り付けた帽子は、少し改良したら雪国の帽子にも使えるようなものだし、デザイン性は優先されていないっぽい。
だから逆にというか、街中で被る帽子として耳付き帽子が流行ったのかもしれないな。
変わった物という意味だったり、リーザや俺達が目立っていたのも要因としてはあるだろうけど。
ちなみに、ターバンもあったけどあれを帽子と考えるかどうかは人によるってとこか……一応置かれている場所は、他の帽子と同じ所だが。
「ふむ……デザインについて、耳付き帽子のように何か面白そうで、やりたいと思う事があれば自由にすべきですね。もしかしたら、今のラクトスだとそっちの方が売れるかもしれません」
「よろしいのですか? 耳を付けた物をお見せしましたが……スリッパはタクミ様の発想から生まれた商品です。勝手にデザインを変える事は……」
基本的に、新商品の発想をした人にデザイン権があるという事だろう。
スリッパに耳を付けたのは、俺とリーザが一緒にいるからってところか。
「売れるのであれば、自由にしていいと思います。そこは、特にこだわりがあるわけではありませんし……俺にデザインの才能はありませんから」
耳付き帽子はリーザの耳を隠すためであって、偶然だしデザインをしたわけじゃないからな。
そもそも俺には、スリッパに耳を付けるなんて発想もなかった……最初にセバスチャンさん達と話した時に思い浮かべていたのは、簡素なデザイン性のない日本ならどこにでも売っているような物だっだし。
色くらいはまぁ、好みで選べるくらいあればいいかなとは思っていたけど。
「畏まりました。では、タクミ様の仰る通りに……」
そうして、デザインについての取り決めをする。
新しいデザインのスリッパが作られ、販売される事になった場合には必ずいくつかを俺の所に送る事。
もしこういうデザインがあれば? という案があった場合、ハルトンさん達を中心に検討する事などなど……ついでに、発想料も含めて契約内容も決めた。
スリッパを主な収入源にするつもりはないし、できれば多くの人が使うようになってくれたら、という事で一足につき販売額の一割程度が俺の収入になる。
本来の相場は三割から四割らしいけど。
まぁ、その分少量ながらゴムという素材を買ってくれるわけだし、全体で見ると相場くらいの収入にはなりそうだったから。
「それじゃあ、ゴムの方のスリッパを……」
「はい」
販売はまだだけど、特別に現在作り終わっているスリッパを複数買う事に。
スリッパはリーザとティルラちゃんが、特に気に入っている耳が付いている物だ……男性向きじゃないけど、そこは仕方ない。
……ランジ村での家で皆が履いているのを想像すると、ちょっと面白そうでもある。
さすがに全員分は買えなかったので、俺達と使用人さんの分、それに予備に十足プラスだ。
予備は、来客とか他の人達に使いまわしてもらう予定。
後々、急ぎではないけど余裕ができたらまた改めて、全員分のスリッパを送ってもらうように手配もしておく。
ちなみに、購入金額はゴムのスリッパで銅貨二十枚、油のスリッパは銅貨六枚程度の価格になる。
俺が購入する際には、発想料を差し引いてさらに割引もしてくれるらしいのはありがたい。
社員割りとか、友人割りみたいな物だな。
ゴムのスリッパが銅貨十枚で半額という、ほぼ利益がないくらいで逆に申し訳なかったけど。
「では、正式な契約に関してはまた後日、執事が来ますので」
「はい、畏まりました。お待ちしております」
ハルトンさんと話して、ほとんど決まったけど契約は日を改めてだ。
……ハルトンさんの方も、契約書の製作とかがあるみたいだからな。
おそらく、お願いするのはこういう事に詳しいキースさんにお願いする事になるだろう……とはいえ、契約内容に不備や追加したい事などがなければ、誰でもいいかもしれないけど。
そうして、買ったスリッパを持ってお店を出ようとした時だった……スリッパを見て、ライラさんとエルミーネさんに紙とペンを借りて何やら話していた二人が同時に主張するように手を挙げた――。
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