ハルトンさんが待ち構えていました
「いらっしゃいませ、タクミ様、クレア様! お待ちしておりました!」
お店の中では、ハルトンさんが揉み手をしながら満面の笑みで迎えてくれる……連絡していたから、俺達が来るのを待っていたんだろうけど、妙に機嫌が良さそうだ。
スリッパの方で、何かいい事でもあったんだろうか?
俺やクレアに続いて、リーザとティルラちゃん、ライラさんとエルミーネさんも入って来る。
レオは入れないので、フィリップさん達と外でお留守番だな。
「……スリッパの進捗を見に、聞きに? 来ましたけど……いい事でもありましたか?」
触れていいのかいけないのか……機嫌が良さそうだから大丈夫だと確信し、ハルトンさんへの挨拶もそこそこに問いかける。
「それはもう!」
よくぞ聞いてくれました! とでも言わんばかりに笑顔のままで頷くハルトンさん。
やっぱり、聞いた方がいい事だったか……というか、聞かなきゃいけない事っぽいな。
「スリッパはほぼ完成、あとはタクミ様に見てもらって許可をもらうだけとなりました。そして、実際に販売する前に街で宣伝しておりましてな。販売そのものは、許可が出ればすぐにでも開始しますが、それを待たずして多くの注文を頂いているのですよ」
「宣伝……販売前に注文って事は、予約ですか。そんなに多く来ているんですか?」
俺の許可はなくても気にしなくていいんだが、その辺りは発案者との関係で色々あるんだろう。
それはともかく、販売前に宣伝とは……ハルトンさんはスリッパが売れると確信していて、そして実際に予約注文が来ているという事は、狙い通りなんだろう。
だから機嫌が良かったのか。
この世界、というかこの国や街での宣伝がどういう物かは知らない……テレビやネット、雑誌や新聞の広告すらないからな。
とはいえ、耳付き帽子を流行らせた手腕があるのだから、それなりに宣伝をして周知させる伝手はあるんだろう。
「それはもう。見本として見せたスリッパの評判も良いですからな。耳付き帽子を先に売っていたのも大きいのでしょう。ざっと千近い注文が来ています」
「千!? そんなに……」
確か、ラクトスの住人数が一万ちょっとだと以前聞いたから、一割近いのか。
これに販売を始めてから買う人もいるだろうし……心配していた利益に関しては、問題ないどころか確実に黒字だろう。
そりゃ、ハルトンさんじゃなくても商売人なら、誰でも満面の笑みになるってものだ。
「掃除の手間を減らすというのと、帽子と合わせられるのが評判になったようですな」
掃除が必要にならないわけではないけど、外で履いていた靴のまま屋内で動き回るよりは間違いなく、家が汚れなくなる。
耳付き帽子はハルトンさんの手腕が大きいところもあるけど、それと対とは言わずとも、近いデザインな事もすんなり受け入れられそうな理由なのかも。
「それなら、売れるかどうかや、スリッパの製作費用を心配しなくても良さそうですね」
制作費用は、安く済むならその方が利益には繋がるけど、確かな物を作るにはある程度必要な部分でもあるから。
「やはり、売れると感じたのは間違いありませんでした。ですが……喜んでばかりもいられない事もありまして」
「何かあったんですか?」
少しだけトーンを落とすハルトンさん。
首を傾げて聞いてみたけど、まだ表情は笑顔のままなので大きな問題という程ではなさそうだ。
「数を作るのが少々難航しておりまして。ですので、現在帽子と同じように、他の者や店も巻き込めないかと考えているのですよ」
「成る程……帽子の時みたいに、多くを作るために。でも、それだと……」
大量生産をするうえで、わかりやすくて確実な方法……人海戦術だ。
自動で物を作りだす機械がない以上、最も有効的な手段だと思う。
けど、人を揃えてもどうにかならない物もある……材料だ。
「滑り止めのゴムが、足りないんじゃないですか?」
「仰る通りです。ですので、こうして本日タクミ様が来られるのをお待ちしていました」
入った時にやっていた揉み手は、そういう事だったのか。
ゴムがもっと多く欲しいってとこかな?
「少しくらいなら、量を増やせると思いますが……さすがに全てを短期間で賄うくらいは……」
あれは、『雑草栽培』の能力だよりで作っている部分が大きい。
薬草園が始まっても、他の薬草と違って量産するのも難しいだろう……もし種や苗のようにして、数が増やせるのなら別だけど、それはまだまだこれから次第だ。
スリッパ用にしている以外にも、他の用途もいずれと思って溜めている分もあるから、無理をすれば多くを使えるだろうけど……。
「量が増えるのはもちろん歓迎いたします。ですがそうではなく……タクミ様には、ゴム以外の物で滑り止めになる物を、取り付ける許可を頂きたいのです」
「ゴム以外、ですか?」
大量生産するから、材料のゴムがもっと欲しい! という内容の話かと思っていたら、ハルトンさんは別の事を考えていたらしい。
ゴムを使わない滑り止めか……パッと思いつくのはチェーンだけど、あれはタイヤに取り付ける物だし違うか。
他は……砂なんかも、滑り止めに使われる事があるな。
ただあれは、路面凍結に対する滑り止めだからこれも違うはず、そもそも撒く物で何かに取り付ける物ですらない。
「それは一体、どんな物なのでしょうか?」
「樹木から採取される樹液を使った物でして……少々お待ちを。ただいま持って参りますので」
俺が聞くと、店の奥へと向かうハルトンさん。
樹木からか……もしかして、『雑草栽培』で作った物ではない、本当のゴムだとか?
「……お待たせしました。こちらは、加工する前の物。そしてこちらが、加工してスリッパに取り付けた物になります」
すぐに戻ってきたハルトンさんの手には、二つの物。
片方には見た事のない黄色に近い物を持っており、もう片方の手にはスリッパがあった。
輪ゴムでよく見る色合いだけど、輪にはなっておらず板状だ。
「触っても?」
「はい、どうぞ」
店のカウンターに置かれたそれらを見ながら、ハルトンさんの許可をもらって触ってみる。
スリッパはともかく、板状の滑り止めは硬いな……材質としては、ガラスっぽい触り心地だ。
布のままよりは確かに滑らなくはなるだろうけど、どうなんだろう? いや、ハルトンさんはわざわざ加工前と言っていたから、加工したら変わるのか。
それじゃ、と加工後の物が取り付けられている方のスリッパを手に取って見てみる……形は、つま先が出るように開いていて、相変わらず耳が付いている物だけど……?
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