うどんを作りました
「あ、味の方はどうでしょうか……?」
「えーっと、美味しくないわけではないんですけど……」
期待と不安が入り混じった表情で、俺を窺うヘレーナさん。
うどん麺としては確かなものだと思うけど……正直味を聞かれてもなぁ。
何も付けていないし、単純に素材の味としか言えない。
とりあえず、それ単体で食べる物ではないんだけど、ちゃんとした物になっていると伝えておいた。
「……なんとか、形になりました。しかし、パスタの麺とは違う材料で、しかもあんなに太い麺を作るとは思っていませんでした」
「ありがとうございます、頼んでしまって」
「いえ、新しい食べ物を作る、というのはとてもやりがいがありますから」
俺がヘレーナさんに提案したのは、うどん麺を作る事だけど、その時にわかる範囲で教えてもいた。
とは言っても、うどん麺は中力粉で、パスタやパンは強力粉という違いがあるくらいしかわからないんだけど。
確か、本格的なのは小麦の種類そのものが違うとか聞いた事があるけど、そこまでは知らないし、そもそも種類を知っていたところでこちらの世界で通用するかわからないからな。
ともあれ、屋敷では料理人さんが毎日張り切って、パスタやパンを小麦から作ってくれている。
色んな種類の味を作るためなのか、他にも用途があるからなのか、数種類の小麦を仕入れているらしいので、その中にならうどん麺に合った小麦があるだろうと思った。
結果は、数度の試作を経てほぼ完成したってわけだな。
……まぁ、細かい事を言えば日本の職人が作るうどんには、まだまだ遠いのかもしれないけど。
「そういえば、最初の頃はパスタをただ太くしただけでしたね……」
「あれは本当に失敗でした。茹でる時間を長くすると形が崩れますし、かといって短くすると芯が残り過ぎてしまいます」
「ははは……」
失敗作の中には、いつもパスタ用に使っている小麦で作った物もあったのを思い出す。
まぁ、色々な試行錯誤を経てちゃんとした物が完成したから、それも笑い話になってくれるだろう。
失敗は成功の母とも言うからな。
ヘレーナさんもそうだけど、他の料理人さん達もこちらを気にしていて、俺が合格を出したからか皆嬉しそうな表情だった。
「それじゃあ次は……醤油はありますか?」
「はい。仕入れられる量が少なくはありますが、あまり用途がないのでほぼ使っていませんから」
「それは良かった。それを使って……」
料理が上手いわけじゃないけど、ヘレーナさんに手本としてまず俺が一つの料理を作り始める。
簡単な物だからできる事だけど。
「まずは大根をすりおろして、茹でたうどん麺の上に載せます」
「はい」
俺の作業を真剣な目つきで見るヘレーナさん……他にも厨房にいる料理人さん達からの視線も感じる。
皆、新しい料理ができるのを期待しているんだろう。
ある程度、注目されながらの作業は慣れたけど、やっぱり緊張する……ほぼ失敗しようがないお手軽料理だから、大丈夫だろうけど。
「そして大根おろしの上と、うどん麺に醤油をかける。そこから最後に……生卵を……あれ? これ茹で卵ですね?」
「卵は、火を通して食べる物だと思いますが……? パスタに練り込む事もありますが、それも最終的に茹でますから」
「あー……そうかぁ……」
ヘレーナさんから受けとった、醤油瓶から少量をうどんや大根おろしに振りかけ、仕上げに生卵を……と思ったんだけど、用意されていた卵の殻を割ったら、中身は茹でてある物だった。
首を傾げながらヘレーナさんを見ると、当然と言えば当然な答えが。
手軽に買える卵を生で食べられるのは、日本の品質管理だからこそらしいからなぁ……生物を食べる習慣もない場所だと尚更、生卵は忌避されるか。
「まぁ、卵はなくても大丈夫かな。あ、そうだ。――ヘレーナさん、半熟卵ならどうですか?」
「それでしたらこちらに」
半熟なら一応、火が通って殺菌されていると考えられているのかもしれない、聞いてみるとすぐに準備し終えた半熟卵らしい物が用意された。
そういえばカルボナーラを出された事もあったけど、あの上には半熟卵が載っていたっけな……俺は生卵派だけど。
なんとなく、文化の違いを感じながら半熟卵をうどん麺の上に載せ、ついでに刻んだネギ……じゃなかった、こっちではネーギだったな、ややこしい。
薬味として刻みネーギを乗せて完成だ。
「よし。ちょっと形が崩れたけど、こんな物かな」
半熟卵は自分で扱った事がないので、乗せている途中に崩れてしまって、少し不格好にはなってしまったけど、麺さえあれば誰でも簡単に作れる醤油ぶっかけうどんのできあがりだ。
「ヘレーナさん、食べてみて下さい。あ、少し混ぜて食べると美味しいと思いますよ」
「は、はい。畏まりました……」
完成したぶっかけうどんを、器ごとヘレーナさんに渡す。
既に半熟卵が崩れているけど、醤油や薬味と混ぜれば見た目の悪さは問題ないだろう。
醤油の量が少ないので、多分薄味ではあると思うけど……半熟卵がきっとカバーしてくれる……はず。
「ゴクリ……」
誰かが唾をのみ込む音が聞こえる……美味しそうだから、というより新しい料理がどんな物かを窺っているのかも。
小さな音でも聞こえたのは、ヘレーナさんがフォークでうどんを混ぜるのを、他の料理人達が注目して、静まり返っているからだろう。
「ん……こ、こえは!」
「ははは、ちゃんと飲み込んでからでいいですよ、落ち着いて」
半熟卵や醤油を絡めて、大根おろしやネーギと一緒にうどん麺を口に入れるヘレーナさん。
啜らないのは、パスタを食べる文化だからだろうか。
汁物とまでは言えないし、麺が冷めているから必要ないんだけど。
少し噛んだところで目を見開き、俺を見上げる……口に物が入っているのか、ちゃんと喋れていない。
「んく……失礼しました。タクミ様の作られたうどん料理、大変美味です」
口の中の物を飲み込んで、嬉しそうにしているヘレーナさん。
良かった、美味しくできたみたいだ……ちゃんとできていたと思われるうどんと、醤油を混ぜて美味しくないわけはないと思うが、それでもやっぱりちょっと緊張したな。
「それは良かった。それじゃこの料理は成功ですね」
「はい!」
流れというかなんというか、器やフォークと台に置いたヘレーナさんとガッシリ両手で握手した――。
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