今は感情のままに受け止めました
「……パパ?」
「うん、なんだいリーザ?」
ふと、見上げて俺を呼ぶリーザの顔は、涙や鼻水でぐしょぐしょになっている。
もらい泣きしそうで、目頭が熱くなっているのを我慢しつつ、優しく声をかけた。
「ここね、お爺ちゃんと最後に話した所なの。それからお爺ちゃん……動かなくなってね。それで、それでね……大人の人達が来てね、お爺ちゃんを連れて行っちゃったの。でもね、リーザね、絶対に泣かないって我慢したの。お爺ちゃんが、最後に言った言葉だから。『リーザが泣いているよりも、笑っている顔を見る方が幸せだな』って。だからね、リーザ泣かなかったの。でも、でも……!」
話しながら、溢れるリーザの涙。
レインドルフさんの最後の言葉、それを思い出し、その時の情景を思い浮かべ、感情が溢れたんだろう。
言葉と一緒に、リーザの感情が伝わって来る……それは、悲しみだけでなく、感謝のようなものも感じられた。
「うん、そうだな。泣かなかったリーザは偉いな。きっと、レインドルフさん……お爺ちゃんも、お空の上でリーザの事を褒めていると思うぞ?」
「そうかなぁ? リーザ、ちゃんとできてたかなぁ?」
「もちろんよ。リーザちゃんが笑って楽しそうにしていたのは、私やタクミさん。それからティルラもよく知っているわ。レオ様やシェリー、フェンリル達もね。だから、リーザちゃんはお爺ちゃんに立派な姿を見せられたのよ」
俺が頭を撫でながら言うと、目を落としながら、大粒の涙を床に落とすリーザ。
そこにクレアが言葉を重ね、本当にこれまでリーザがレインドルフさんに誇れる姿を見せていたと、保証してくれる。
「クレアお姉ちゃん、ありがとう……うぅ……パパぁ……お、お爺ちゃぁぁぁぁぁん!! うわぁぁぁぁぁぁ!!」
「大丈夫、こうしていれば、きっとお爺ちゃんもリーザの泣き顔は見えないから。だから、今はいっぱい泣いて、また後で笑おうな?」
クレアを見上げ、感謝を伝えてもう一度俺に顔を向けた瞬間……堰を切ったように大きな声で泣き出す。
抱き締めている鞘ごと、リーザを抱え込み、抱き締め、空から見守ってくれているはずのレインドルフさんから、泣いているリーザを隠し、背中をさすってあげる。
こんな事をしても意味はないのかもしれない、レインドルフさんはもう亡くなってしまっているのだから、見守るなんてできないのかもしれない。
けど、それでも、今はただリーザがこれまで溜め込んでいたものや、抑えていた感情を吐露できるように、ただただ部屋に響く泣き声を聞きながら、慰め続けた――。
「ぐしゅ……」
「ほらリーザちゃん、そのままだと可愛い顔が台無しよ?」
「ありがとう、クレアお姉ちゃん。……チーン!」
「あらら、ハンカチが……」
「リーザちゃんが元気になるのでしたら、これくらいは構いませんよ」
時間にして十分程度だっただろうか、力の限りで泣いていたリーザが、喉をカラカラにしてようやく泣き止む。
鼻水や涙やらで色々大変な事になったリーザに、クレアがハンカチを差し出すと、思いっ切り鼻をかんだ。
綺麗なハンカチがビショビショになって行くのを見て、苦笑する俺に同じく苦笑で返すクレア。
まぁ、遠慮がなくなった証拠でもあるし、クレアの言う通りリーザが元気になるのなら問題ないか……後で、洗濯するメイドさん達には謝っておこうかな。
「クレアお嬢様、タクミ様、戻りました」
「ご苦労様、ヨハンナ」
リーザを落ち着かせていると、外へ行っていたヨハンナさんが戻ってきた。
大きな泣き声が建物の外にまで響いていたんだろう、外でレオが吠える声が聞こえたので、ヨハンナさんに説明しに行ってもらっていたんだ。
俺はリーザを抱き締めていたし、クレアも一緒に慰めていたから離れられなかったからな。
「ありがとうございます、ヨハンナさん。レオはどうでしたか?」
「状況の説明をして、リーザ様が無事である事や問題ない事を伝えると、おとなしくしてくださいました」
「良かった……暴れたら大変な事になりますから」
吠えるだけでも、スラムの人達を刺激してそうだけど、暴れると大変な事になっていただろうからなぁ……。
良くて、リーザや俺達の様子を見ようと、建物に無理矢理入ろうとして破壊とか、かな?
悪い想像だと、スラムそのものが……まぁ、レオがそこまでするかどうかはさておき、できてしまうのだから、落ち付いてくれて良かった。
「パパ……」
「レオの方も大丈夫だったみたいだし、リーザも大丈夫か?」
「うん……お爺ちゃんに、泣き虫な所見せたくない」
「そうだな。リーザは強い子で優しい子だ……」
「にゃふ……」
ヨハンナさんと話していると、リーザが俺に縋りつくようにして窺う。
頭を耳付き帽子の上から優しく撫で、手遅れであっても強がるリーザに笑いかける。
相変わらず、撫でた時に漏れる声は猫っぽいんだなぁ。
「ありがとうパパ。もう大丈夫……だから! お爺ちゃん、リーザはパパ達と一緒にいられて、楽しいから。心配しないでね」
精一杯の強がりなんだろう、笑い泣きのような表情をしたリーザは、俺から離れた後レインドルフさんの鞘を元の場所に戻す。
立てかけた鞘に向かってガラガラになった声で話しかける。
尻尾や耳が萎れている様子から、また泣きたいのを我慢しているんだろうなぁ……。
「リーザ、その鞘は持って行かないのか?」
抱き締めていたし、レインドルフさんの物なら大事な形見だ。
ここに置いておくよりも、リーザが持って行った方がいい気がするんだが。
「ううん、ここでいいの。これは、お爺ちゃんの物だから。お爺ちゃんが、ここにいたって印なんだ……」
「……そうか。――クレア、すまないけど」
「えぇ、わかっています。先程の二人に誰かが盗らないよう、言っておきます」
レインドルフさんがいた証として、体はないけど墓標のような物……って事だろう。
リーザの年齢で考えると随分しっかりした考えだと思う。
クレアの方に顔を向けて声をかけると、俺が何を言おうとしたのかわかったらしく、すぐに頷いてくれた。
ここはスラムで、誰かが所有する建物ですらない……そんな場所に、立派な鞘が置いてあったら誰かが盗って売り飛ばしたっておかしくない。
どうして鞘がここにあるのかはわからないが、リーザがレインドルフさんがいた証とするのなら、安置してあげておきたいからな――。
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