ティルラちゃんはスラムのお姫様になっていたようでした
「姫様! 本日はこのような場所に、どのようなご用件でしょうか!!」
「え?」
土下座した二人のうち、片方の男性がひれ伏したまま叫ぶ。
その言葉は、俺やレオではなくティルラちゃんに向けられているようだ。
ティルラちゃん本人は、状況がわからなくて首を傾げているけど……姫と呼ばれ慣れていないからだろう。
「ど、どうしましょう姉様……?」
「そうね……えっと、貴方はティルラの事を姫と呼んでいるのですね?」
いきなり姫と呼ばれたからか、戸惑った様子でクレアを窺うティルラちゃん。
飛び出してきて土下座をしただけでなく、姫と呼ばれてどのようなご用件とか聞かれたらなぁ……ティルラちゃんでなくても困る。
ティルラちゃんの声と視線を受けて、少し考えた後、まだ頭を上げない男性二人に問いかけるクレア。
「はい、その通りでございます!」
「まぁ、この際呼び方はいいのだけど……どうしてここに? というか、どうして平伏しているのですか?」
「姫様の御前ですから、当然の事でございます。あの日、姫様が従えていた魔物にやられて以来、姫様に俺達も従うと決めたんです!」
「そ、そう……という事は、あの時気絶していた四人の中にいたのですね」
「ワフ」
ラーレにやられた人だったのか……気絶していたのは確認したけど、あんまり顔とかよく見てなかった。
それに、今は土下座をしているから顔も見えないしな。
従うとはっきり言い切った男性に、少し気圧されるクレア……レオはわかっていたと言うように、小さく鳴いた。
そりゃまぁ、レオは気配とか匂いでわかっていたんだろうけど。
「姫様が再びここに訪れて下さったと、他の奴らから聞き及び、はせ参じたしでゃい……んん! 次第でございます!」
「噛むなよ、格好悪い!」
「すまん! だが、この重圧にはな……」
「ワフ?」
「あー、レオがいるからか」
俺達の前に出てきた理由を話す男性は、途中で噛んでもう一人の男性に怒られていた……多分、畏まった話に慣れていないのと、レオやティルラちゃんの前で緊張しているんだろうと思われる。
少しだけ顔を上げた男性の視線は、ティルラちゃんではなく首を傾げたレオを見ているから、それで怯えているんだろう。
正面だからな。
「私達も、あれと似た感じだったのでしょうね……」
「さすがに大丈夫な事は伝えていたので、平伏はしませんでしたけど……似ていたかどうかは、ノーコメントにしておきます」
男性達を見て、ポツリと漏らすアロシャイスさんは、初めてレオやフェンリル達の前に出た時の事を思い出しているんだろう。
よく見ると、土下座したまま体を震わせている男性達を、憐れんだ目で見ている。
「私達は、今回スラムの様子を見に来ただけです。特に何かをするわけではありません」
「は……はい! でしたら、俺達がスラムのご案内を!」
クレアの言葉に、自分達が案内すると言い出す男性達。
スラムに詳しい人が付いてくれていると、ありがたいとは思うけど……さすがに本当に信用していいのかすらわからない相手に、案内を頼むわけにもいかない。
「いいえ、それには及びません。私達は普段のスラムの様子が見たいのです。案内されたいわけではありませんから」
「し、失礼しました!」
レオの体に隠れて、クレアの表情は見えなかったが、俺と似たような事を考えていたんだろう。
きっぱりと男性達の申し出を断った。
まぁ、土下座までしている相手ではあるけど、こういった場所に住み着いている人に案内を頼むのはさすがになぁ。
治安がいいとは言えない場所で、知り合いとすらいえない相手に観光ガイドを頼むくらい、危険な行為だ……わかりづらいか。
「あと……ティルラ、何か言う事があるんじゃないの?」
「は、はい。えっと……あ、わかりました。――先日はいきなりラーレで乗り込んでしまい、驚かせただけでなく危害も加えてしまい、申し訳ありませんでした。反省し、以後は驚かせないように気を付けます」
クレアが促すと、男性達へと謝るティルラちゃん。
誠心誠意謝るのであれば、レオから降りた方が伝わりそうだけど、離れないと決めているし、謝る前に降りようとしたティルラちゃんを止めたようだ。
「そ、そんな滅相もない!」
レオの背中に乗ったままではあるけど、頭を下げるティルラちゃんに慌てる男性二人……あ、立ち上がった。
「確かに驚きましたが、俺達が先に向かって行ったのが悪いんでさぁ!」
「そ、そうですぜ! 姫様が謝る必要はございやせん!」
手を振りながら慌てている二人は、本当にティルラちゃんに対して従おうとする気があると見える……レオも目の前にいるからかもしれないが。
……どうでもいいけど、頭を下げたらレオの顔や毛に隠れて、背中にいるティルラちゃんを正面からは見えなさそうだなぁ、見えなくてもそこにいるのは間違いないから関係ないんだろうけど。
「そういえば、他の二人はどうしたんだ?」
ティルラちゃんも謝った事だし、これ以上慌てられても話が進まないと思い、横から質問をする。
気絶していたのは四人だったから、来るなら一緒に来てもおかしくないと思ったんだが……?
「あ? なんだ、おめぇは?」
「ワウ……グルルル……」
「「ひぃっ!!」」
クレアはティルラが姉様と呼んでいたから、姉妹だとわかったんだろうし、公爵家の令嬢だと知っていてもおかしくない。
けど、俺はもしかしたらクレアやティルラちゃんの、護衛とか使用人と考えたのだろう、こちらを睨む男性。
その様子を見て、溜め息を吐くように鳴いたレオが、牙をむき出しにして唸った……本当に襲うとかではなく、威嚇だろう。
男性達は、レオの唸り声に短い悲鳴を上げて震えあがり、直立不動になる。
「まぁまぁ、落ち着いてレオ」
「ワフゥ」
ポンポンと足の付け根辺りを軽く叩きながら、レオを宥める。
アロシャイスさんと一緒にいる事もあるのかもしれないが、平々凡々な俺は知らない人から見たら、使用人さんと間違えられてもおかしくないからな。
「貴方達、あの方に不躾な物言いや視線を向けるのは止めなさい。今見た通り、こちらのシルバーフェンリルは、あちらの方の従魔です」
「ワフ」
クレアが厳しめの声音で男性に俺の事を伝え、レオが頷く。
レオ、俺の従魔って事でいいのか? まぁ、色んな人にそれで通しているから、今更なんだけど。
俺としては従えているのではなく、頼りになる相棒と思っているからな、レオ。
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